EVERYTHING Chpter1:Takuya and Rina 1-4
西部劇調のメロディーを奏でる口笛。かつかつと床を華麗に蹴り上げるピンヒール、のつもりだろうか上履きキュッキュで教卓までくるとターンして上半身を捩じる。
「だっ、だいもーんくーん!(小声)あれ?次なんだっけ?」
「(小声)学会の論文」
「がっ、学会の論文、て、手伝いなさーい!な、なあ、えび、えび…」
「(小声)蛯名だよ」
「ああ、そうだ!えっ、蛯名くんっ!」
「(思いっきり低く美声意識)御意!」
「(精一杯背筋伸ばして未知子を意識)いたしません」
「だっ、大門くん、まっ待ちたまえー!」
「おいっ、大門っ!」
「5時なんで帰りまーす」
「はい、カーット!」
「あはははっ、たーのしーい♪」
「ひなたん、口笛うまいねえ」
「私吹けないからすごいよー!」
「え、マジ?もう録画したの繰り返し見ながら必死こいて覚えたよって、ぽーちゃん、あんた噛みすぎっ!蛭間医院長なんだよっ!?どしっと構えてなきゃ」
「ごめ~ん。偉い人なんてドッキドキだからさぁ。次はもっと頑張る!」
「そうそうその意気!」
そう言って3人は肩を組んで回りながらあはははーって笑い合ってる。昨日からおれの止まっていたスクールライフが動き出した。人生初の高揚感を伴って。昨夜は泣いて笑ってシャンパンにエビフライ、大きなケーキを切り分けてみんなで食べて、幸せにお腹は膨れてそのまま眠った。朝が来るのがこんなに待ち遠しいなんて感じたことはなかった。ヘアセットと制服スタイリングも昨日以上にキメすぎなさを装いつつも気合を入れてきた。
心拍数がどんどん上昇するに従いニヤけてくる顔を引き締めながら扉を引くと、飛び込んできたのがこの光景。ひなた、ぽー、莉奈のドクターXごっこだ。シゲとおはようを言いかけながら思わず飲み込んで鑑賞してしまったじゃないか。
「ねーにしてもりななん、蛯名の迫力すごい出てたよ!蛭間の台詞も覚えてるし、なんか監督っぽい!」
「わ、ほんと!?いやーちっちゃい頃からドラマ見てママと真似っこするの好きだったんだ。それに、この声とつり目はもう蛯名先生に魂注がなきゃでしょ!」
「あっはっはー!確かにー!!」
ひなたとぽーが手を叩いて大ウケしている。それに気を良くしたのか莉奈は眉すれすれでアーチ状に切り揃えられた厚めの前髪を勢いよくガバッと上げた。
「蛯名先生オールバックだよね?こんな感じで!あと白衣ほしいなー」
「化学の先生に借りに行く?あたしも着たいっ!あっ、おはよー!ヤナタクにジャイアントコーン」
「おっおおーおはよ」
「おはよう」
3人の目が一気におれらに向けられる。何て言うか、もう昨日の朝とは違う。にこにこと友好的ムードがある。
「ジャイアントコーン、ねえまた背ぇ伸びた?」
ひなたが肩で軽くシゲに小突く。
「へっ?もういい加減止まったよ」
「ほんと?どれどれ?」
ぽーもスマホを手にシゲに寄っていく。莉奈は前髪を上げたまま輪には加わらない。
「ぷっ。渋いね」
「たくたくっ、おはよう!」
真顔からおれを見ると、ぱぁっと笑顔になった。まだオールバックのままで。駄目だ、眩しいや…小6で初めて彼女ができて以来、3人とつき合って中1の終わりにもう経験したけど、悪いけどその子たちにはこんな幸せで苦しい何て名付けたらいいのかわからない感情は湧いたことがなかった。
「ねえ、莉奈。そのままでさ、もう一回御意!って言ってよ」
おれは半分笑っちゃいながら言った。おかしかったな、さっき。
「うん、いいよ!じゃ、ちょっと待ってね、役作りに入るから」
何て言ってくるっと後ろを向くと、再び振り返った顔は…こう劇画チック?おまけに仁王立ちで腰に手を当ててる。
「御意!」
オールバックに切れ長の眼光が迫力を増している。女子でここまでやるなんて…
「…ぷっ、あっはは!」
こらえきれずおれは吹き出して手を叩いて爆笑モードに入ってしまう。
「む!りななんに蛯名先生が憑依してるよ、ひなたん!」
「あたしも未知子度上げなきゃ!あ、ヤナタク、ジャイアントコーンあんたたちも御意三兄弟に入ってよ!」
「はっはは…な、なんだよ、御意三兄弟って!なあ、シゲ?」
笑い過ぎて涙が出てきた。目の端を拭いながらシゲに同意を求めると、シゲはまた得意気に口角を上げると、可愛い小声で「ぎょい」とつぶやいた。
「や、やだージャイアントコーンなんか乙女入ってるよ!」
「うん、ジャイアンくんの後ろにリスとかハムスターが見えた!」
シゲまた発動かよ…ひなたとぽーが幼稚園の先生みたくなってる。おれと莉奈は固まったけどな。
「ねえ、莉奈、前髪大丈夫?癖ついちゃうんじゃない?」
「わ!あ、そうだった!ねえねえ、たくたく、どうっどう?」
ちょっと天然なとこあるのかな?女子って髪崩すの嫌がるもんだろ。なのに率先して上げてそのままって…今度は慌てて手のひらで切るように下げると必死で押さえつけてる。
「うーん、もうちょい左が隙間あるかな」
「えっえっ?」
指示する方向とは別に指先が動く。鏡ないとそうなんだよなあ…ああ、もどかしいよ。
「髪、触ってもいい?」
おれは一歩踏み出して指先を揃えて差し出していた。
「うんうん、お願いっ!ねえ、たくたく」
「ん?」
おれは少しだけ頭を下げて指先を莉奈の前髪へと挿し入れた。すごいな、黒く艶があってしっかりした髪質だ。指の間で滑らかに跳ねてゆく。
「かっこよくして!」
胸の奥から湧き上げてくるものから、その声によって引き戻された。へ?あ、あのさ…
「可愛く、じゃなくっていいの?」
「うんーかっこいい系がいいーお、たくたく睫毛なっがいねー」
鼻のすぐ下から莉奈の声がする。ふっ、のん気だなあ…肌、白いだけじゃなくってすごく綺麗なんだな、きめが細かい、透明感ってやつ、ああ、こういうこと…おれは結構肌汚いんだよな、ニキビ跡がさ…で、シゲも美肌なんだよなーよしゃ洗顔料見直そう!
「そっか…じゃあエッジ効かせてくぜ?」
「おー!」
そう言って腕を振り上げた。ふっ、ノリいいな。至近距離で目が合ってお互いに吹いてしまう。重めに揃うように両手でプレスして、アーチ状に切り揃えられた左端は出している耳の付け根に沿うように垂らした。
「はい、できた。でも、いいのかな?素人のおれなんかが…」
「わーありがと!ねーねー」
「あ、鏡だよね?あるよ!」
「ヤナタクすごいじゃん!」
3人はまたサークルを作ってやんややんやと、ぽーが差し出した柴犬の顔型のコンパクトミラーを覗き込んだ。
「!」
莉奈は真顔になって鏡をじっと見つめると、ちらりちらりと向きを変えては、おれが意図的に垂らした耳元を見た。
「たくたくっ!超かっこいい!」
そして、おれが大好きなあの一本線の目になって思いっきり笑った。
「そ、そう?でも気遣わなくっていいよ。元のふんわりしたのもすごく似合ってるからさ」
「たくたく、独特のスタイル持ってて、お洒落が大好きってわかるもの。たくたくのセンス、信頼してるから、このままでいかせてもらうぜ!」
莉奈がわざと粋がって含みを持たせて、眉と顎をくいっと上げながら言った。そして、少しだけおれから視線がずれたところでふっと微笑んだ。
「…うん、ありがと。な、なあ、シゲ」
嬉しさが弾け飛びそうでどうにも照れくさくって隣のシゲを見ると、シゲは小さく口を開けて固まっていた。でも、じっと見ている先はおれじゃない。おれが声かけたのも気づかずに髪をかき上げた。あいつ、昨日もあんな顔してたな。
「ジャイアントコーン、コンタクトずれたのっ!?なんかすっごい般若みたいになってるよ!?」
「うんー歌舞伎の人っぽい!いよーはあっ、だっけ?」
「都築くん、どうかな?」
ひなたは心配し、ぽーはめちゃくちゃな歌舞伎観で、莉奈が獰猛な狐のような形相のシゲに物ともせず爽やかに声をかける。あの目に射抜かれも怯みもしないなんてある意味、君も猛者だな。
ふはは、おもしれー。この女子3人組のキャラ立ちっぷり最高だな。
「……」
シゲが唇を閉じて、また開いた何かを発しようと…
「おいっ、シドー!あともう少しだぞっ!走れっ!!ふきこっさんも来てんぞ!」
ドドドドドドドドドって駆けてくる足音と焦りまくったタリくんの声におれらは一斉に注目すると、すごい勢いで扉が開き、タリくんが片足を教室内に踏み入れ、廊下に出ている側の腕を激しく振り上げた。
「シードー!何今のタイミングでふきこっさんに立ち止まって会釈しちゃってんだよー!?とにかく中入れ!入ってから挨拶すりゃいいだろー!??ふきこっさんに抜かれたら遅刻なんだぞー!!」
「シードシード!」
タリくん発言に廊下側の席のやつらが一斉に窓を開けてシドコールを始めた。そういやタリくん遅いなって思ってたんだよな。シドは低血圧って見ててわかるし言ってたし、ギリなんだろうなとは思ってたけど。
「タリ、おはよ。もしかしてシド迎え行ってたんだ?」
「お!ヤナタクにシゲ!だよな、もうみんな来てるよなー。そうなんだよー試しにシドに朝いちでラインしても返ってこねーから電話してもなかなか出ねーし、じいやさんが出てくれて住所聞いてすっ飛んでったって訳よ」
「ぶふっ。シド、超マイペースだなぁ」
「だろ!?俺なんか超焦ってんのに、走りながら寝そうな勢いだったんだぜ!ってシードーとにかく爪先でいいからここ!ここっ踏めー!!」
タリくんが器用に首だけおれに向けて話しながら、シドに指示する。じりじりと迫るふきこっさん。固唾を飲み込む…
「ん?じいやさんって…」
珍しい組み合わせの声が重なって無意識に振り返ると、シゲと莉奈だった。莉奈が驚いたように目を見開いて、口も微かに開いてシゲを見て、シゲも糸で釣られたように莉奈へ顔を向けてまた髪をかき上げた。
タリくんの肩越しからシドとふきこっさんの対決?を見物をしながらも、チクッとざわっと胸にくるのは…ん?ひと際窓際チームの声が大きくなった。あーとうとうシドとふきこっさんが入り口真ん前で向かい合った。ふきこっさん、ニヤリと笑う。そしてヒートアップする窓際を手で制した。一瞬にしてシンと静まり返る。その気迫に押されてかシドはまた頭を下げてふきこっさんへ向けて手のひらを扉へ向けた。あー何やってんだよう!
「シドーどうぞどうぞ~じゃねえぞ…」
タリくんもあちゃーと言うように額を押さえた。
「お、いいのか?俺、先入ったらヒールそのもん、じゃねえのかーい?」
そう苦笑しながらも足を踏み入れると見せかけて、ふきこっさんはシドの背中を押した。
「いい友達持ったな、志戸理樹!今日だけだぞ~。おーら、おまえらも席着けー」
そうして朝いちばんの決闘は幕を閉じ、おれらは平和なホームルームへシフトし、2限目までは健康診断のあと校内見学で購買のパンにみんな色めき立ち、おれと莉奈は焼きそばパン、コロッケパン、ナポリタンパン、たまごサンド、フルーツサンドに目がくらんで、絶対全制覇しようって誓い合った。
3限目は数学、4限目は物理ときた。どっちもシゲの超得意科目で中学の頃から上位常連だった。おれは本を読むのも好きだし、英語も絶対話せるようになりたい、歴史もまあ興味あるし、でもバリバリの文系ではなくって、数字はどこにでもついて回る、何も働きかけなければ全く手応えないけど、やっただけのことは裏切らないと思う。だからシゲみたいにスラスラ難問は解けないけど嫌いではない。
莉奈は何の科目が好きなんだろう。得意なんだろう?とにかくバカだって思われたくないから勉強も手を抜くもんか。そう奮起して耳を澄まし黒板と教科書を交互に睨みつけてはノートに叩きつける。
何て思っていたら、3限目終わりのチャイムが鳴ったら、なんか口から魂出たような漫画みたいに脱力してた。授業中は涼しい顔してたのにな。
「どした?」
「んー数学って昔っからよくわからないんだ…これからもっと難しくなるんだよねぇ…」
そう言って机に突っ伏してしまった。労って背中を軽くぽんぽんやりながら、おれが心でほくそ笑んだのは言うまでもない!
そして昼休みはもうすっかりグループとなった7人で一緒に弁当を食べた。ひなたのノートくらいのサイズの男顔負けデカさの弁当箱とご飯の上にびっちり敷き詰められたしょうが焼きに爆笑し、話題はシドんちのじいやさんで持ち切りだった。そして、今日もシゲと莉奈は全然サシで話すことはなかった。
午後いちは待ってたぜ!な体育。男女ともに体育館で球技。おれらはバレーで、女子はバスケ。ちなみに体育担当は隣のA組の福田先生で本名を縮めて「ふくてん」って呼ばれてる。顔は結構いいのに足が異様なくらい短かった。
更衣室で着替えてたらおれの胸板を見たタリくんが目を丸くして見返してきて「ヤナタク、いい身体してんだなー!や、やや、そゆう趣味ないぜ!ただ、ヤナタク顔ちっちぇーし意外だなって」って言われた(笑)。小学生からリトルリーグに入って特訓してきたけど、骨が太いんだ。加えて筋肉質で首と腕と腿がすごく太い。で、油断すると太りやすいのが悩みでもある…シゲとは正反対なんだよな。
タリくんはスラっと長身で脱ぐとガッチリしてる細マッチョで羨ましいや。シゲとシドはそのまんま胸板薄い。でも、シゲは骨格が美しいと言うか、首なんかガツッと太いんだよな。おれのことおぶれるし。
これからプールだってあるし、合宿や修学旅行でみんなで風呂入る機会がくるだろう。その時は下についてる…いや、自粛するけどさ、見せ合いっこって小学生かよ、こっそり見比べたりするんだろうな。何て思いながらふふって笑い漏れちゃってると、ふっと女子も今着替えてんだなって思って、また突如ぶわーって昔とは違う真っ赤がたぎってきて、おれは慌てて閉めたばかりのロッカーを開けて中に顔を突っ込んだ。その様を見ていたシドに大笑いされた。
「はーい、集合ー!出席番号順に並べー!」
「礼っ」
「よろしくお願いします!」
「おう!もう知ってるだろうけど、隣のB組の福田です!これからよろしくなっ!」
うん、昨日三角巾頭に巻いてかいがいしく塩むすび配ってたよね。一転してシャカシャカジャージにスポーツターバン巻いてかっこつけてんだろうな。目を細めて笛を鳴らすふくてん先生にみんな笑い堪えてんのがわかるよ。
「よぉし!おまえらの記念すべき高校生活初の体育の授業はバレーボールだー!前半は一人ずつ俺が投げるから打ち返してこい!はい、じゃあ、準備体操ー!!」
ストレッチで身体をほぐしてから早速1番のやつから始まった。ふくてん先生は男子バレー部顧問だから張り切ってる。昨日シゲはしつこーく仮入部にこいと勧誘を受けていた。今日だってシゲを見つけるとずっと熱い視線を投げまくっている。おれとタリくんは最後だから腕が鳴るぜってポキポキやってたも飽きて体育座りでほっこりしちゃってる。話が途切れてタリくんが気持ち良さそうに両足を伸ばしたのを見ながら、隣の女子へチラと目をやると、あちらも一人ずつシュートが始まっていた。宮内がやたら髪ばっかり気にしてる横で姿勢よく体育座りしてるけど、目はばっちり外を眺めてる。あー、お腹空いたーとかって思ってんじゃないか、あれは。
ぷって吹いて、俄然やる気がチャージされゆく。だけど、さすが男バレ顧問でふくてん先生は一人で受けているに関わらず、さっきっからいっこも外してない。よしゃ!きめてやるぜ!勉強も運動もできるやつって超かっこいいじゃん。さらっと、どってことないって体できめるんだ、おれよ!
なんてゴオオオオッとなっていたら、シドの番がきた。案の定、ものすごーくいやいやえんになってる。後ろにいるシゲに振り返って、シゲは頷きながら肩を押してやってる。
「志戸ー、おっまえ何きゃって避けてんだよっ!!女子かあー!??」
シドはアイドルよろしくターンまでしてみせ、ふくてん先生の嘆き込みでみんな大ウケしている。
「あーもーしょーがねえなっ!いいよ、ボール拾って後半の試合は頑張れよー」
シドがへなちょこに飛ばしたボールを拾ってかごに入れるのと入れ替わりに、とうとうシゲが立つ。ぱあああっとふくてん先生の大きな目が全開で輝いた。周りのやつらもシーゲシーゲとコールを飛ばし始めた。でも、おれは知ってる…あ、女子も先生含めて注目してる。
「いよっしゃー都築!待ってたぞーっ!さあ、おまえの超越した身体能力を思う存分見せてくれっ!!」
シゲは頭を振って髪をかき上がると、ネットの正面に立つふくてん先生をキッと見据えた。ごつっと眉間の骨が浮き出て鼻が高くて下唇と顎がぐっと引いていて立体的な横顔。男のおれでも、いつもはおっちゃんと一緒に茶化してても、見惚れてしまうことがある。ふと、ん?って重ねるのは…あ、莉奈だ。昨日っから間近で見てきた彼女の、横顔とシゲのそれが見事に重なったんだ…
チャージした熱さが冷えていく。慌てて莉奈を探すと、半数の女子が立って集まってきているのに対して後ろで座ったまま首だけみょーんって伸ばしてた。センターに立つのは宮内だ…もう目がハート型になってんじゃないかってくらい両手を胸の前で組んでうるうるシゲを見つめてる。ぶぶっ。隣はひなただ!足を開いて肘を引いて拳作って「ジャイアントコーン!」って腹から声出してるし。
「行くぞ、都築っ!この剛速球打ち返してこーい!!」
ふくてん先生がシゲへと強い球を投げる。シゲは脚を揃えると背を曲げて跳躍をつけた。あんなに背が高いのに軽々と身体を丸めて勢いつけたシゲの身体は宙に舞い、再び身体を開くと球めがけて大きな手を開く。ここでおおーっ!と歓声が上がる。
宮内が感極まって震えてる。握りしめてた両手を開いて頬にあてる。ひひっ。なんか、観たことないけどさ、キラキラ女子高生漫画映画のヒロインになった気になってんじゃないか?
「…つっ」
「シゲぇーがんばれー!!!!!」
「ジャイアントコーーーン!!!」
「ジャイアーンく~ん」
ぷぷっ。またしても宮内のヒロイン計画失敗に終わる…スローモーションで今度こそシゲの名を呼ぼうとした宮内がヒロインになる瞬間に、すっくと両隣をシドとひなたとぽーが囲み、3人はお腹の底から声を出してシゲへと思い思いに声援を贈り込んだ。
声にする前にかき消された宮内はきっと勝気な目に変わり、3人を交互に睨みつけたが気づかずに手を振り飛び上がる3人。莉奈は…変わらずに後ろの端で座ったまま心情の読めない表情で目を向けていた。
そして今や体育館中の視線を注目を一身に集めている主役のシゲ。その大きな手のひらに球が吸いつくように自在に操り、華麗にアタックを決め、学校一のヒーローに…
バシッ。ダーン!体育館中に響き渡る轟音。歓声は止んでみんな息を飲んで見守っていた。タンッ。長い脚を揃え、シゲは静かに着地した。ほんの刹那の間、すぐに轟音。
「わっ!あ、自分で打って自分に返ってきちゃいました、あは」
ぷっ、やっぱりな…シゲが打った球はネットを超えるどころか支えてるポールにすごい勢いでバウンドして、見事にシゲへと戻ってきた。
みんな、今見たものが信じられないとばかりに戸惑っている。だよなー、おれも初めて見た時、自分の目こすったもん。
「ひゃっはは!シゲ、ある意味すげー!!ぶはははー」
静寂を破り先陣切って全身で爆笑しているタリくん。ふくてん先生は…ありゃー、フリーズしちゃってるよ。
「シゲ、コントかよー」「つーか、打ち方、卓球なってね?」「俺、初めて見たわ。手ラケット状態」ひな壇ガヤのみんなから思い思いのコメントがワイプで抜かれてるぜ。
「シゲ、なんか、すごい…すごいよ!」
「あははは!ジャイアントコーン、跳躍まではかっこよかったけど、アタックセンスゼロなのご愛敬だねっ!」
「うんっ!ジャイアンくんしかできない偉業なんじゃないっ!??」
そうなのだ。シゲは球技センスがまるでない。やつにかかるとすべてが卓球ベースとなるんだ。小学校から数多のスカウトを受けてきたが仮入に行って卓球返しを披露し周囲を唖然とさせ、結果卓球部に静かに落ち着けた。
大きな目と口を開いてポッカーンと固まっていたふくてん先生は、ガバりと頭を振ると、熱き炎を発動した。
「都築ぃー!!なんだよーそれっ!??ちょ、こっちこいや!俺がおまえのフォームを矯正してやるからなっ!!!」
ええーって言いながらシゲはふくてん先生に引きずられてサシ特訓。おれらはそれを笑いながら横目に試合開始。
「松野ちゃん、パス!」
「りななーん!」
お、女子も試合始まってる。ふくてん先生は何度言ってもやって見せても手取り足取りでも一向に直らないシゲのフォームに頭抱えてうきゃーってなりながらも、おれらへと出席番号交互にチーム分けして始めぃ!と指示した。先生、無理だよ…ちっちゃい頃から年季入っちゃってんだよ。
「お、今度の主役はツインタワー女子じゃん」
「松野も発動するか?」
「いやいや、まさか」
なんて言いながら、ふくてん先生はシゲのスパルタに夢中なのをいいことに、おれらは先ほどの女子のように今度は女子に注目する。
「まつのー、シュート!」
ボールを受け取った莉奈はぽかんとすると、きょろきょろと辺りを見回した。
「りななん!ゴール奥、奥!」
「え?あああ、そうなの?」
なんてやってる隙に敵チームにあっさりとボールを奪われる。
「ちょ、松野ちゃーん!」
「あ、ごめんごめん」
なんて両手合わせてペコペコ頭を下げてるや。あはは、やっぱりな。昨日運動嫌い苦手を連発してたからなぁ。
「松野ってきりっとしてるのに天然だよな?」
「ああ、今朝思いっきりドアに激突してたぜ」
ぶふっ。どうやらあちらもランダムらしく味方同士のひなたが見事な脚力でドリブルを決めるもゴールならず。
「ああああーっ!あたし手足短いからなぁっ!!くやしー」
「ひなた、超かっこいいよっ!!」
「ってことで、りななん、あんたの助けが必要だからさ。いい?うちらのゴールあっち。あそこだからね!」
「う、うん?あ、あっち側に入れればいいんだね。よし!」
なんて二人は気合入れて肩を組んで走り出した。無意識におれは笑ってしまっている。
「ヤナタク」
「!??」
ぐわしっと羽交い絞めにされてビクッとなる。ぐるりと首をひねるとタリくんだった。なんか、ニヤニヤしているや…
「俺らも肩組もっか!」
「お、おおおー」
おれはなぜか上機嫌のタリくんと肩を組んで女子の試合を見る羽目になった。
「はーい、じゃあ、もうワンセットねー!」
ピーの笛で先生によってボールが投げられ、ひなたと経験者と思しきやる気満タンの女子による激しき奪い合いの末、試合再スタート。
「おーいいぞ、やれやれー!」
おれら男子も高揚してくる。さっきの女子のように並んで見学しながら、腕振り上げてさながらライヴのノリだ。頼もしくドリブルを決めてるひなたに野太い声で「柏木、柏木っ!」コールが響く。そこへ…「都築ぃぃぃーっ!!」交互にふくてん先生の悲痛な叫びインサートだ。
ひなたがポニーテールを揺らしながらゴールへと進む先に敵チームの強力ガードが立ち塞がる。ぽーは両手を広げながら必死についてってるが、ちょっとズレてる…莉奈は走ってるのか?ダンダンダンッ軍団からはすっかり取り残された位置でハッとなって中腰で両手を広げた。
「りななんっ!とって!!」
「まつのちゃんっ!今度こそ行っちゃって!!」
ひなたがゴールの真ん前にいた莉奈に渾身の力振り絞ってパスを投げた。
「…!あっ、うっうん!!」
声をかけられてびくんっと身を縮めて声の方へ振り返り軽々とジャンプするとひなたからのボールを見事に受け取った。
「りななーん、がんばれー!!」
シドが興奮して声を上げた。
「りなな~ん、かっこいいよ~!さっきのジャイアンくんみた~い!」
「りななん!ゴール、こっちだからね!」
あちゃー…その声虚しく、やはりやりおったぜ。ノーガードなのを得意気に運動嫌いだけどジャンプは見事な身のこなしで、シュートを決め込んだ。
「うわぁっ、入った!入ったよ!ひなたっ、ねえ、みんな…!??」
シュート決めて飛び上がって喜ぶが、みんな黙ってしょっぱーい顔でいるのに、漫画のごとくでっかい?3つくらいくっつけてきょとんとしてる。
「ひなた、ぽーちゃん、ゴールに入れたよ!」
「…くーっ」
ひなたは悔し気に髪を掻きむしった。
「りなな~ん、そっち敵さんだってば~」
ぽーがのーんびりと指摘する。
「まつのちゃんっ、あんた、敵ゴールに入れちゃったんだってば!!」
「やったー!先生、これあたしらに加点でしょお!?」
「こんなんで勝ったって!!」
「いいじゃーん、点なんてあればあるだけいいじゃん」
正義と棚ぼたですっげーカオスんなってるや…
「ええっ、そうなのっ!?うわぁ、みんなごめんっ!!」
そしてまた両手合わせて拝みポーズになった隙にするりとボールは落ちてバウンドした。
「あ…」
「つーづーきー!もうなんでそこで手首下げるのっ!?お茶碗差し出すおかんかよっ!??」
「え、無意識に…!?」
ボールは静かにシゲの元でその動きを止めた。コロコロと子犬のように鎮座するボールに気づいたシゲがまたバッサと髪をかき上げ、その先へ視線を飛ばす。
「ジャイアン都築すっかり特訓だねー」
「もうピンポン都築じゃないっ!?」
カオス作った女子らかなり適当…(苦笑)。莉奈はボールの行き先に気づくと、あきらかにためらった。あれが、おれやタリくんなら笑って声かけてくるんだろう。固唾を飲んで見守ってしまっている。
シゲは上半身を折り曲げるとボールを胸に抱えて起き上がった。
「おいっ、ツヅ、早く投げてやれよっ!」
エレファントカシマシの人みたいな動きでふくてん先生はシゲを急かすが、シゲはゆっくりと再び髪をかき上げ、じっと莉奈を見据えて頷いた。莉奈もこわばった表情のまま、つられて頷き返す。アドバンテージはこっちが上だ。
シゲが黙ったままボールを宙に放った。それはちょうどよい速度でまっすぐに胸の前で手を広げる莉奈の中へと納まった。一瞬ぽかんと受け止めたものに目を落として、気づくと顔を上げた。それはまだ見たことのなかった笑いかけて無理やり抑えてるような表情で。
「うおいっ、スゲノブーっ!」
うわーもう名前縮小されてるや…エレファントふくてんが痺れを切らしてるのにシゲが踵を返した時、ふわっと被さった。
「…あっ、ありがとう!すっ、都築くん!」
すぐにシゲが振り返ると、ボールをぎゅっと抱えた莉奈が頬を紅潮させて一本線の目になってぺこっと律義に頭を下げた。
「莉奈っ、次はちゃんと入れろよっ!!」
おれは無意識に叫んでいた。
「たくたくっー!ありがとう!」
僕に気づくと、緊張の解けた目一杯の笑顔で手を振って、みんなの中へと駆けていった。そして、後ろを振り返ると、シゲとふくてん先生は特訓の続きに戻っていた。