EVERYTHING Chpter1:Takuya and Rina 1-12
「たくちゃーん、準備はいーい?もうそろそろ出るわよー!」
「へーい。わかってるよー!」
とうとう松野家パーティ当日。おっちゃんとシゲと連れ立って行くことになってる。この前はカジュアルだったけど、今日はよりキメなくては!とデカい鏡の前で鋭意ヘアセット最終調整中。
「よし、オッケ!」
前髪とサイドは左側に流して散らし固めた。ピアスも輪っか2つついてる。鏡の中のおれに強く頷くと、シンプルな黒Tシャツと黒の裾がすぼまったパンツの上に、青地に黒の大きめチェックのロングシャツを羽織って袖を無造作にめくりあげ、黒のごついレザーバンドを装着すると、おれは部屋を出た。
「たくちゃん、待ったわよ~って、あらら!なんか、ちょっと大人っぽいじゃない?」
きっと落ち着かなかったんだろうかーちゃんがテーブルの上で風呂敷の結び目を直しながら、おれを見て目を丸くした。
「へっへ。ごめん。お待たせ。おおー、かーちゃんこそ、キマってんじゃん!」
いつもは食べ物屋だから髪はきっちりまとめてるけど、今日はゆるやかな巻きをフィーチャーさせた女らしいまとめ具合で、ふんわり素材だけどメンズライクな仕立てのシャツブラウスにデニム、黒のショート丈のジャケットで細身で足の長さを際立たせてかっこいい。
「あ、あら、そう、かしら?たくちゃんの大事な、ガールフレンドの松野さんのお家へご訪問だから、失礼のないようにと、あとご両親がシェフとパティシエでいらっしゃるなんて、せっかくの機会だから楽しくおいしくいただけるようにって心がけてみたのよ。でも、よかったわ~。たくちゃんにお墨付きもらえて、お母さん安心!」
ホッと胸をなでおろすかーちゃんにおれは元気よく親指を突き立てウィンクのおまけつきだ。
「さ、時間だわ。たくちゃん、行きましょっか」
「うん。あ、かーちゃん、それ、おれ持つよ」
「そう?じゃあ、お願いね。あ、傾かせないようにね」
ガールフレンド、か…おもしろいもので、莉奈のママがおれらのことをボーイフレンドって言ってくれて、今日の開催のこと、かーちゃんに話したら喜んですぐさまおっちゃんにLINEで連絡網して、帰ってきて晩酌してる頃合いだったから即行おっちゃんから電話が来て、開口一番「ガールフレンド(←巻き舌強調)の松野さんち、行くでぇー!」とスピーカーにしてなくても腹式呼吸滑舌良し!のおっちゃんの声が聞こえてきた。
その後もおっちゃんは「全く、シゲのやつなんも言わんし!」ってぶちぶち言っていた。案の定だ。だからおれからかーちゃん経由で知らせたんだ。
そして、外へ出ると、ちょうどおっちゃんとシゲも外に出ていて、おっちゃんが鍵を閉めていた。
「おっおー。おっちゃん、シゲ、おはよう!」
「お、ひとみちゃん、拓也ぁ!」
「あら、シゲちゃん、髪切ったのね!」
「うん。おばちゃん、拓也、おはよう」
おれはシゲを見て思わずのけ反った。
「あらららー、シゲちゃん、素敵よ~!」
かーちゃんがシゲの腕を掴んで絶賛する。後ろで満足気に頷いてるおっちゃん。おっちゃんは着込んだ黒のライダースにインナーは白地に黒やゴールドのグラフィック柄のTシャツ、薄いオレンジの掠り込んだような色合いのワークパンツに白のコンバースハイカット、頭はだぼっとした薄手のニットキャップで今日もかっこいいや。
そして、シゲはとうとう目を出した。今までざんばら気味に伸ばしていた部分をすっきりと揃えて、前髪は横に流してる。少しウエーブ入ってるか?
「しげちゃん、いいわ!いいわぁ~!!」
もうかーちゃんは笑いながら涙流しそうな勢いで手を叩いてる。それに服も、いつもと違う。今まではもっさとしたベージュのチノパンか、つんつるてんのデニムが多かったのに、グレーの細身のパーカに黒のストレッチパンツでスニーカーは白のレザーのハイカット。
「う…ん、シゲ、すっげ、いいぜ!なんか、男前度上がってない?」
ごくりとつばを飲み込んで、おれは噛みしめるように言った。かーちゃんとおれが熱視線送って言うもんだからか、シゲは何も言わずにすっすってもみ上げのあたりを指でこすってる。
「お!拓也もそう言うてくれるかぁ!よかったなぁーシゲ!!」
おっちゃんが満面の笑みでガシッとシゲの肩を掴んで揺すった。
「あ、もしかして、昨日おっちゃんに呼ばれたのって…」
「せや!もー昨日、床屋やないな、美容院若い子らがやってるのな、連れてって、その後、服買うてやったんや」
「なるほどー、おっちゃんのスタイリングなら最強だな!」
そうしみじみと呟くと、おっちゃんはふはははっと笑いながら、おれを見下ろした。
「拓也こそ、なんやぐっと男っぷりあがっとらんか?なんやクールでええぞ!一気に大人びたなー。ひとみちゃんも大人のフォーマルカジュアルやな!」
「ま!たかちゃんたら!たかちゃんこそ、若々しくって可愛らしくっていいわよ~!」
「ひとみちゃん、おおきにー!なんせ、ガールフレンドの松野さんちご訪問やからな!な、にしても、松野さん、えっらい美少女やなー!こう切れ長の目力あって凛々しくて可憐っちゅうか」
「そうよねぇ!私もみんなでの写真見て、なんて綺麗な子なのーってびっくりしたわ~!それに他の女の子たち、ひなたちゃんとぽーちゃんも可愛くって、みんなと会えるのずーっと楽しみだったのよねぇ!」
ガールフレンドと莉奈が褒められることに、おれとシゲも押し黙る。きっとお互いに照れくさいんだろうなぁ。
そうして連れ立ってバスに乗り、莉奈の家がある街まで向かった。
「あ!ここ、ここだよ!」
配られた地図を見ながら、あの送っていった日の記憶の中の家が目に入り、おれは声を上げて指差した。
『はーい!』
おれが代表でインターホンを押すと莉奈の声がして「谷中と都築到着でーす」と言うと、笑い声がして『今開けるね!』と声がして切れて、それからカチャカチャと音がして、ドアが開いた。
「わあ、いらっしゃい!」
おれら4人を見ると、莉奈はあの一本線の目になって笑って、後ろに立つおっちゃんとかーちゃんを見て、頭を下げた。
「さあ、どうぞ、入ってくださいな!」
莉奈の後ろには、莉奈のママ、それから初対面の、かっつんさんだ!
「こんにちは!あの、今日はお招き、ありがとうございます!」
言い慣れない台詞に噛みそうになりながらも、挨拶してみんなでぺこりと頭を下げた。
「拓也くん、重伸くん、先日はありがとうね!いらっしゃい!」
莉奈のママがフレンドリーに笑っておれらを招き入れてくれる。
「ひなたとタリくんとシドちゃん来てるよー」
莉奈が壁沿いになって手をかざした先には3人が顔を覗かせて手を振っている。
「さあ、上がって上がって!」
莉奈のママがおれらを呼び込みながら、かっつんさんと外に出てきた。
「はじめまして、莉奈の父で克実です」
かっつんさんがおれら4人の顔を交互に見ながら、よく通るおっちゃんとはまた違うやわらかいトーンで挨拶してくれた。莉奈のとーちゃんだけあって背が高いけど、かなりガタイがいいのが服の上からでもわかる。Vネックの薄手のセーターにチラリズムなTシャツとか品がいいんだけど色気がある。わ、本当にスキンヘッドだし!!優し気な顔立ちなんだけど、黙っていると底知れぬ凄みも感じて、莉奈への感情を見透かされやしないかとおれは勝手に後ろめたさを感じたりもしていた。
「はじめまして、谷中拓也の母親で、ひとみと申します。本日はお招きくださってありがとうございます」
すっと前に立ち、かーちゃんはおれの頭を下げさせながらにこやかに挨拶をした。
こういう時のかーちゃんは本当にすごいなと思う。普段はふにゃふにゃしてるのに、先陣切って一気におれらの緊張モードを打ち破り、和やかムードへと持ち込んだ。
「あら!素敵!どうもはじめまして、松野莉奈の母で今日子です!こちらこそ、先日は拓也くんと重伸くんにこの子、送っていただいて助かりました!」
「いえいえ~、きゃあ、女優さんみたいで素敵だわぁ~」
「ええーっ、そんなこと言われたの初めてー!ねえねえ、もうひとみさん、ううん、ひとみちゃんって呼んでもいい?」
「もっちろんよぉ!私も、今日子ちゃんで、いいかしら?」
はい、かーちゃんたち意気投合ー!二人はJKのごとく手を取り合ってきゃっきゃスキップしてる。
「はじめましてぇ、都築重伸の父で圭哉ですう!本日はお招き預かりますー!」
ラリー受け取ったのはおっちゃんで巻き舌関西弁で言い切ると、すぽっとニットキャップを抜き取って頭を下げた。
「へ?へえええーっ!?」
ぽかんときょとんとしたかっつんさんが、莉奈と同じパターンで声を上げて、同じく一本線の目になって思いっきり目尻を下げて笑った。
「えっ、えっえっえーっ!ちょ、やだ、うわ、おいおいおいおーい一緒じゃーん!!」
両腕をバタバタさせて喜び、次の瞬間には駆け出しておっちゃんへと寄ると、親しげにおっちゃんの肩をポンポン叩いた。
「はいっ!私もえろう驚きましたわ!同じスキンヘッダーでめっさ嬉しいですー!!」
「ヘイ!ブラザー!!なんつって、てへ!」
「兄貴ぃぃぃー!!」
興奮気味に叫び合いながら、二人はガシィっとハグし合った。
「わ、タカヤくん!ね、どういう字書くの?いくつ?ちょ、仲良くしようよー!」
「はいっ、ぜひぃ!」
おっちゃんが字の説明して、わーすごー凝ってるぅ!とか、かっつんさんが年上だとわかると、かっさんって呼んでええですか?、タメ口でいいよーとかこっちもすごい盛り上がってる。
ぴゃーっと打ち解け合ってる親チームに取り残されて、ぽっかーんと佇むおれら。莉奈はくすくすからひっひっお腹抱えて笑い出した。そんな莉奈は白の半袖ニットで袖にフリルがついたのに、胸元のカッティングが印象的な黒のシックなサロペットで髪はきゅっと後ろでまとめてる。
「あ!しげちゃん、髪切ったんだ!?」
莉奈がシゲを見て、ぱあっと目を見開いた。
「う、うん。親父に、むさっくるしいからいい加減切れやーって、昨日ね」
「そっかあー、うん、うん、いい!いいよ、しげちゃん!」
「ふ、そ、そう?ありがと…りななーんこそ、この前は動きやすさ重視だったから、今日はまた雰囲気違うね。ね、拓也?」
おーおおおおーう。おれに振ってきたな!そうなんだ、ぐっと、こうきりっと洗練されたお姉さんっぽい…
「あー、たくたく、ヘアアレンジかっこいいね!サイバーチックだよっ!!それに、そのチェックのロングシャツもすっごく似合ってる」
おれは莉奈の眩しさと渾身のヘアメイク及びスタイリングを見て褒めてもらえたことに今なら飛べるぜ!ってくらい嬉しすぎて、照れ隠しで「ぶい!」って言いながらもメタルポーズをしてみせた。
「よーっし!二人とも撮っちゃうよ!」
そうだ、コーディネイトが可愛くって触れてなかったが、首からカメラ、それも本格的な一眼レフぶら下げてるなぁって思ってた。それを慣れた手つきでスチャと携えた莉奈がおれら目がけてシャッターを切った。
「うわっ!」
「不意打ちとは卑怯なり!だよ」
相当素っ頓狂なぽけっとした顔撮られたよなぁって笑ってニラみ入れる。舌を出して笑いながらも、莉奈は懲りずに今度は親チームへと標的を定める。
「パパママたちー撮りまーす!」
手を取り合い、肩を組んでいた2組は口々に喚く。それを見て笑うおれら。
「ヤナタク、ジャイアントコーン!」
ひなた、タリくん、シドも出てきた。それでハイタッチしてわーわーやってると、改めて莉奈と、かーちゃん、おっちゃんが向き合っていた。