EVERYTHING Chpter1:Takuya and Rina 1-14
そうして夏になり、中間に続いて期末でもシゲとタリくんは学年2,3位をキープし、夏休みを迎え、かっさんとおっちゃん先導の下おれらはみんなでキャンプに出向き、夜中に目が覚めて一人手が届きそうな満天の星空を見て泣きそうになってると莉奈も起きてきて、
二人で寄り添って見つめて、そのまま眠ってしまい、朝方、トイレに起きてきたおっちゃんに起こされ、男女なんだからみんな心配するって愛のあるお説教を受け、罰として一緒にラジオ体操をした。
どこまでも笑い声が絶えなくって、スマホにはどんどんみんなで撮った画像フォルダが増えてった。
そうだ。あの技術工作で喧嘩したやつとも全然普通に喋れてる。さりげないタイミングでさらっと謝ると、向こうからも「バカでごめん!」って謝られ、笑い合って仲直りした。
秋が来て、みんな心は初の文化祭に向いてる。おれはしのちゃんのモデルとしていくつもの帽子を被らされている。
そんなある日、廊下に出ると、莉奈が窓の外を微笑んで眺めてた。驚かそうとそーっと歩き出したら、彼女は誰かから呼ばれ行ってしまった。おれは莉奈のいた場所へ近づくと、同じように外を見た。
樹の伐採をしていたてらさんが頭にてぬぐいと麦わらを被り、ペットボトルのお茶で一息中だった。
そして、シゲは髪を切り揃えつつも伸ばして本格的にロン毛になり、また新たなシンパを呼んでいた。宮内は先輩と別れた後も彼氏は途切れず、シゲにも色目を使い続けてる。
莉奈は表立って告白されることはないけど、影で思ってるやつは多い、でも、おれかシゲとつき合ってるんじゃないかって諦めてるんだって聞いた。おれはずるいから、否定も肯定もしなかった。
そして、また、莉奈は廊下の窓から同じ位置で外を眺めていた。肘をついて、完璧なEラインの美しい横顔ですごく優しく微笑んでいた。また、てらさんかよって、あの時のおもしろい光景を思い出して、思わず笑っちゃいながら、またそーっと音を立てずに近づいていく。今日は誰にも呼ばれずにこのまま行けそうだ。莉奈のすぐ後ろに歩み寄ると、彼女の肩越しにひょいと覗き込む。既視感を疑わずに。
―…!!え?
おれは大きく目を見開いた。周りから音が消えていく。
「…へ、へええっ!?たっ、たくたく!?」
真っ赤になって同じく大きく目を見開いた莉奈。窓の外には―
「うおっとぉ!ジャイアンツ~今日もありがとさん!おめえ、いるだけで百人力だわ、助かるぜ!」
確かにてらさんは、いる。だけど、莉奈が見ていたのは、てらさんじゃない。また、あの時も同様だったってわかった。
おれは…心がまっぷたつに引き裂かれたような衝撃受けたのに、表情筋は天邪鬼に抗ってるのか、おれを嘲笑ってんのか、穏やかに笑いを湛えてるのが、不思議と自分でもよくわかったんだ。
「たくたく、え、えーと、その…」
「莉奈ー、学生さんフリータイム&ドリンク!だぜ。もうじゃんじゃん飲もうぜ!」
「う、う…ん」
莉奈はずーっと紅潮したまま、あまりおれと目を合わせず、すぐ俯いてしまう。
おれはお構いなしにメニューを莉奈へとテーブルの上で滑らせ、部屋に備え付けられたインターホンの受話器に手をかける。
「じゃ、じゃあ、ジンジャーエールで!」
慌てて言う莉奈に目を伏せたまま見つめて頷き、ジンジャーエールとアイスコーヒーをオーダーした。
ドリンクがくるまでの間、操作パネルを引き寄せて、タッチペンでパラララとスクロールを繰り返す。端末は2台あるから莉奈の前にもあるのに、彼女は全然いじろうとせず、俯いた
まま、首が疲れると時折顔を上げては、両手で顔を覆った。
よし!ドリンクがきた。早速ストローを袋から出して(ああ、いつもこの細長い紙袋がイライラするんだよな)グラスへと突っ込むと、吸い込んだ。
「莉奈ー、飲まねえの?氷溶けちゃうぜ」
そう促すと、のろのろとストローを袋から出し、ジンジャーエールの黄金に輝く液体へと挿し入れ、おずおずとすすった。
あの後、おれが窓の外にいるシゲを見つけたと同時に、無防備に微笑んでいた莉奈も振り向いた。おれが背後に立っていたことに全く気付かなかった彼女はみるみるうちに真っ赤になって俯いた。慌ててその場を離れようと駆け出そうとしたから、手を掴んで、おれは「カラオケ行かないか?」って誘っていた。
「莉奈ー、歌わねえの?」
「わっ、私は、いいよ。下手だし」
「ふーん。じゃ、おれ先行くな」
モニターに予約詳細が表示され、やがてイントロが鳴り、大きく曲名とアーティスト名が表示される。やった、本人映像だからMVがかかる。
ギターソロの後、おれは歌い出した。うつむいていた莉奈がハッと顔を上げ、モニターとおれを交互に見やる。
選んだのは、おれがいちばんに好きでリスペクトしているラルクアンシエルの伝説的な3タイトル同発だった『HONEY』。もう、莉奈への想いも込めてる。
ああ、おれもハイドさんのようにギター持ってかき鳴らしたいぜ!夢中で声を出し、MVの中のハイドさんのパフォーマンス模倣しつつも、おれのめちゃくちゃの衝動でリズムに乗る。
莉奈は微かに口を開けて、シゲじゃなく、今はちゃんとおれを見ていた。そのことがおれを更に高揚させ、莉奈へと妖しげな流し目を向けて歌う。
アウトロと同時に、おれはギターを手にしてるつもりで右腕を高く天井へと振りかざした。アリーナ真ん前にいる莉奈へと心の底から湧き上がってくる笑顔を向けた。
莉奈はいつものようにきっちり膝をつけて座ってはいるけど、内股になってて、顔を隠していた両手はソファシートの上に広げられていた。
「谷中拓也っ、歌いましたっ!聴いてくれて、ありがとうっ!!」
そう叫ぶと、おれは電源を切って、そっとマイクを置いた。かなり息が上がってる。でも、すげえ、何て気持ちいいんだ…!
拳を握りしめて肘を締めて腰を落として思わずポーズとっちゃってると、莉奈が立ち上がって手を叩いていた。
「…くっ、たくたくっ!す、すごいよっ!!わたし、私、感動したよっ!!」
え…感極まって、彼女の目からはポロポロと涙がこぼれ落ちていた。
「な、なあ、莉奈、大丈夫?」
ちょっとおろろとおれは彼女へ寄り、中腰のまま彼女を見上げた。
莉奈は涙を流しながらも笑っている。
「う、うん、大丈夫だよぅ!れ、れれ?やだ、私、泣いてる?だって、すごいんだもん、たくたくの歌!たくたくの声、すっごくいいんだもん!かっこいいんだもんっ、こっ、心にずっしーんってきたん、だもん!」
そう言って莉奈は嗚咽しながらも、上を向いて瞬きを繰り返した。おれは正直廊下で君の手を掴んで引っ張ってここまで連れてきた時は、このままさらってしまいたいって、すごくわがままで獰猛な感情に支配されていたんだ。
でもな、おれ、やっぱり君をそんなことには巻き込みたくない。今はすっかり鎮まって、おれは心の底から今度は微笑める。そーっと莉奈の頭へと手を伸ばすと、ぽん、ぽんと優しくそのツヤツヤでサラサラの髪を撫でた。
「無理に、止めなくっていいよ」
「…え?」
「おれの歌で泣かせちゃって、ごめんな。ま、厳密にはハイドさんの曲だけどさ。よかったって言ってくれて嬉しいよ。ありがとう!」
「…うんー。だって、ほんとに、すっごく、心に、響いたんだもん…」
「莉奈、前におれに言ってくれただろ?涙に男も女も関係ない、泣きたいだけ泣いていいって。だから、今度はおれが返す番なんだよ。莉奈!気の済むまで、泣いていいんだ。おれが受け止めるから!」
莉奈は目をぎゅっと瞑って、鼻を挟むように重ねた両手を顔にあてて新たな涙を流した。おれは中腰から静かに背を伸ばしてそっと腕を伸ばすと、莉奈の背中を包み込んだ。
「た、くたく…?」
「…これは、友情のハグだよ」
初めて感じる君の体温まるごと、甘い香りに感触におれは恍惚となりそうになるのを、ぐっと制御する。莉奈を安心させられるよう無下な力は込めずに、ぽんぽんとさするようにリズムをとる。
「う…ん」
莉奈は少し力を抜いておれへと身を預けてくれた。
「なあ、莉奈」
「…ん。なあに?」
これを言ってしまったら、もう引き返せないだろう。いや、もう…
「シゲのこと、好きなんだろ?」
「……!!?」
おれの首元へ顔を埋めてすすり泣いていた莉奈が、びくっと跳ねた。
「…たっ、たくたく、なに、言って…」
おれの首元から顔をがばっと上げて、焦って首を左右に振った。ぷぷって、おれは笑いながら目を覗き込む。
「わかるよ。おれは、莉奈の親友だからさ」
本当は、ずっと、君を見てきたから。もうずっと前から、君は、おれの隣のシゲを見ていたよな。わかっていたんだ。でも、認めたくなかった。
莉奈は涙に濡れた大きな瞳を揺らしながらも、おれから目を逸らさないでいてくれた。やがて、ふって力を抜いて目を伏せると、おれが大好きなあの一本線の目になって、唇を引き結んだまま、静かに頷いた。
「…好き。うん、好きなの、しげちゃんが」