EVERYTHING Chpter1:Takuya and Rina 1-8
それからしばらくのお昼休みののち、おれらはそのまま公園で今度はタリくんが持ってきてくれた百均のバドミントンセットで適当ゲームをやって盛り上がり、最後は駅前のファミレスに移動してお茶して、夕方に解散となった。
ちょっと暗くなってきたから、タリくんは女子のお迎えを確認したところ、ひなたはとーちゃん、ぽーはかーちゃんが迎えにきてくれることになったけど、莉奈はママが急遽残業になって、そこでおれとシゲは頷き合って、方向が同じおれらが莉奈を送っていくこととなり、今莉奈の家の最寄りの駅に着いたとこだ。
「二人とも疲れてるところごめんね!」
もうさっきっから莉奈はそればっか言ってる。
「いいよ。だってさ、バスだといっこで来れんだし」
「そうだね。歩きでも大通りずっと歩いてこれるからね。結構近いんだね」
「ありがとう。2人が一緒ならすごく安心だな」
なんて会話してると、「リーナー!」って女の人のちょっとハスキーなよく通る声がした。
「ママ!」
え!?っておれとシゲは反射的に振り返っていた。前方には目がぱちっとした小顔でまとめ髪に真っ赤なリップ、ネイビーのシャツに白地に黒の大きめチェックのクロップドパンツ、黄色のヒールに麻のトートバッグを肩にかけたバリっとした大人の女の人。その人が笑顔で駆け寄ってきた。
「ごめんねー迎え行けなくって。心配してたのよー、ああ、でも、よかったわ~。おかえり」
莉奈よりかなりちっちゃくって肩くらいの小柄で可愛らしいけど、すごくボスっぽいっていうかうちの学長や先生たちに通ずるものがあるな…莉奈の腕にポンって触れると莉奈と同じように一本線の目になって笑った。
「ただいま!ね、ママ…」
「君たちが同じクラスの子ね。ありがとう、この子のこと送ってくれて。はじめまして、莉奈の母です」
莉奈が言うよりも前におれら二人の目を見て、莉奈のママは挨拶してくれた。慌てておれもシゲもぺこっと頭を下げた。
「い、いえ、こちらこそ!はじめまして、莉奈さんと同じクラスの谷中です」
「はじめまして、都築です」
「ありがとうね、いつも莉奈から話聞いてるわ。あ、たくたく、くんね、君が!本当に目がパッチリ大きくって可愛いわね!それにいちばんの長身の都築くん!あら、君、彫りが深いのね!」
莉奈のママ、すっげえかっこいいや…それにおしゃれでスタイリストやデザイナーみたいだ。文化人てやつ?気さくに接してくれて、すぐに惹きつけられてしまった。
「いやそんな、お、僕らこそいっつもよくしてもらって、あと今日はおいしいお弁当とケーキも、ごちそうさまでした」
「ううん、こちらこそ!いいのよー、お口に合ったかしら?それこそ、都築くん、あなたもお弁当だったんでしょう?ありがとうね!そうだわ、お店の残りなんだけど、これよかったらもらってくれる?」
そう言って莉奈のママはトートバッグからラッピングされたクッキーを出しておれらに差し出した。
「ありがとうございます!いただきます!」
「いただきます」
パッケージ凝ってるな。開けちゃうの、もったいないかも。でも、食べたいしな。お、お店の情報もある、奥沢か。自由が丘の隣だっけ?シゲはリュックを下ろしてしまってる。
「でも、リーナー、いいわね~。こーんなかっこいい子たちに送ってもらっちゃって」
「ちょ!ママ!止めてよ~!!」
莉奈のママが肘で小突いてウインクして、莉奈は焦ってママの腕をバシバシやってる。
「あら、だって、ママ嬉しいんだもん。ね、やまな、拓也くんよね?あたしもそう呼んでいいかしら?」
「はい、いいですよ!気軽に拓也って呼んでください」
母娘のやりとりが可愛くっておかしくって、笑っちゃいながらおれは言った。
「あら、嬉しいわね!じゃあ、拓也くん。それから、都築くん、もよそよそしいから、お名前でいい?」
シゲは自分も言われたのが意外だったのか弾かれたようにぴくんとなり、髪をかき上げて頷いた。
「重伸なんでシゲって呼ばれてます」
「字は?」
「重いに伸びるって書きます」
「重厚に伸びてく、いいわね。シゲくん、重伸くん、どっちもいいわね。じゃあ、両方で呼んじゃおう。拓也くん、重伸くん、これからも莉奈のことよろしくね。この子ってば中学の頃は仕事もあったし、全然男の子と仲良くしてなかったの。だからね、2人みたいに素敵なボーイフレンドができて、母親としてとっても嬉しいの。今度他の子たちともぜひうちに遊びに来て。それから、親御さんたちにもどうぞよろしくお伝えしてね」
この言葉に、おれは泣きそうにすごくすごく嬉しかったんだ…やっぱり、莉奈のママだ。子供だからって上から目線じゃなく、対等に接してくれている。心から、だ。
それから休みが明けて、また学校。アスレチック遠足でおれら7人は更に絆を強くしていた。
「都築くーん!」
「お、またじゃん、シゲ」
「う、ん。ちょっと、行ってくるね」
例のB組女子たち。シゲが告白を断った後もなかったとばかりに、声をかけに来る。特に最近は頻度が上がっていた。シゲもかなり戸惑いながらも、邪見に扱うわけには行かずで、とりあえず対応を続けている。
「なーんか、しつっこいよね」
初の中間テストに向けてみんなでヤマ持ち寄りをしていて、ひなたが鼻と唇の間にシャーペンを挟んだまま言い放った。
「な、結構粘ってんな」
「ジャイアンくんのこと、大好きなんだね~」
「ぽー!僕だってシゲのこと大好きだよっ!」
「わわわっ、シドちゃん、びっくりしたよ~。だ~いじょうぶだよ~シドちゃんのあっつい気持ちはわかってるから」
ぽーとシドのやりとりにおれらがお腹抱えて笑ってる中、莉奈はひとりポーっと窓の外を眺めてた。なぜかおれはそのまま目が逸らせない。
「…!??ん、あ、たっ、たくたく?」
おれの視線に気づいてあたふたして口元を引き締める。でも、おれは何も言わない。そして目線は外さず莉奈を見つめたまま。
「ちょちょ、たくたく、どうしたのー?ねーえ、もー!」
莉奈は必死で逸らそうとおちゃらけてみせるが、こっちも引かない。肘ついて手の甲の上に顎を乗せて、深く見つめる。
「も、もう、たくたく、勘弁して…たくたくの目吸い込まれそうだよー!私今すぐ穴掘って入りたいっ」
僕の二の腕を軽くポカポカやりながら降参とばかりに訴えてくる。吸い込まれそうな目は莉奈もだろ。思わずにやっとしちゃって、しょうがないな、ここらで手を打つか。
「はっは!ごめんごめん。お腹空いたのかなーってからかいたくなった」
「もーう、たくたくってばー!!違うよ~わからなすぎて現実逃避しちゃってたの!!」
「どこだよ?」
「んーっと、ここ!」
莉奈が指さした問題を見る。そして一呼吸おいて、言う。
「あー、これおれもわかんないや。シゲだな」
「……」
案の定、莉奈は押し黙る。
「あいつ、ここまで迫られんの初めてだから引き際わかんないんだろうな。頭いいのにな。大丈夫、すぐに戻ってくるよ」
「すっずきくーん!」
しかし、その後もやってきてはシゲを連れていく。しかも、その日は、既に先輩とつき合ってるにも拘らず告白されまくっている宮内がその中へ割っていき、わざとよろけてシゲに思いっきり抱きついた。
「あっ、ごめんね?都築くん、ありがとう」
「…あ、大丈夫?」
「ちょっと!って、あっ!」
シゲ目当ての女子が走り去って、慌てて追う付き添い女子。ちなみに残ってる男子はひゅーひゅーってはやし立てる。
「…あっちゃー」
「なにあれっ!?彼氏いんじゃん!」
「宮内さん、小悪魔だよね~」
「僕やだっ!」
おれはすっかり呆れ返って頬杖ついて溜め息ついてカオスだなって思っていた。莉奈は先生に用があるって職員室へと行っていた。
「あ…」
まだ宮内に抱きつかれたままのシゲが小さく声を漏らす。プリントの束を抱えた莉奈がちょうど戻ってきた。
「…あっあっ、ごっごめんねっ!!」
自分のクラスの教室だってのに、莉奈は慌てて謝ってせっかく戻ってきたのに、ガラッと扉を閉めた。そして、数秒後、そろーりと開いた。なかなか離れない宮内に痺れを切らしたシゲがなだめてゆっくりと引き剥がした。
「あっ、ごめーん。松野さん、驚かせちゃって」
慎重に目を窺わせる莉奈に宮内があの入学式のように挑発的に声をかけた。
「へっ?あっ、いっ、いやいや、私こそ、そのおじゃま…?ん、んん?」
自分の言ってることがおかしいなと感じたのか、言葉に詰まる莉奈にぷぷっと唇に指をあてて微笑む。莉奈、そうだ、君は何も謝ることなんてない!
「あたしがつまづいちゃって、都築くんが受け止めてくれたの。すっごぉーい、さすが頼もしいね、都築くん」
はあっ!?おまえが勝手に抱きついたんだろうが!!ひなたも思いっきり顔しかめてる。以心伝心してるぜ、おれら。
「ん…い、いや、その、気をつけて」
シゲはバッサと髪をかき上げて宮内へと言っているが、視線は莉奈を追ってる。
「じゃ、じゃあ、私、これ配んなきゃだから」
莉奈は振り向かずに言うと教卓についてプリントのカウント始める。おれはすっと立って一緒に日直だから手伝いへ向かう。
「莉奈、ごめんな。おれも一緒に行けばよかったな」
「たくたく!ううん、いいの!元々部活のしのちゃん先生に用があって職員室行くついでだったからさ」
莉奈はシドとぽーとハンドメイド部へと所属を決めていた。この顧問のしのちゃん先生が非常勤講師なんだけど、乙女レトロモダンなデザイナーでネット界では結構な有名人だった。
「そっか。しのちゃん元気だった?」
「うん!もーう元気いっぱいだったよー。あ、たくたくにまたおいでって!たくたくのこと、お帽子かぶせたいわーってモデルになってほしいってずーっと言ってるよ」
「ぷっ。しのちゃんおもしろいよな。それに紅茶とお菓子もおいしいしな。また遊び行くよ」
おれは今のところ帰宅部だけど、成り行きで顔出したらしのちゃんにいたく気に入られ、文化祭で恒例のファッションショーでモデルになってほしいわぁっていきなりスカウトされたのだ。
おれはチラとシゲを見る。小鼻を押さえたまま、まだ視線は莉奈へ向いていた。