EVERYTHING Chpter1:Takuya and Rina 1-3
「ジャイアントコーン!あんたさすがだねっそんだけ食べるんだ」
「え?違う違うよ!みんなの分だよ」
「みんなってどこよ?それよりあんた肉冷めちゃうじゃん!!肉はあったかいうちに食らうべし!肉に失礼だよっ!!」
おれらが校庭に出ると、既に鉄板焼き大会は始まっていて、ゴッドファーザー学長と教頭先生のてらさん(この人もその筋の人そのものって感じで、本名は寺島だけど、学長、ふきこっさんたちからてらさんと呼ばれていた)、ふきこっさんがでっかい鉄板を囲んですごい量の肉、野菜を焼き、他の先生はおにぎりやウーロン茶を配っていた。そこへ列を作っては15歳たちはお皿をいっぱいにしていた。
そして先のやりとりは、タリくんとシドを見つけ、二人のいた先でのシゲと、ダンス大門なみえさまでキャラ立ちしまくっていた柏木の会話だ。
「ぶははは、シゲすっかりジャイアントコーンかよっ!」
「そういう、柏木さんのお皿もすごいことになってるよね…」
「んっ?あんたたちっ、ジャイアントコーンの仲間?ほらほら、早く早くこっち!せっかくの肉が冷めちゃうでしょ!」
そう言いながらひょいひょい肉を口に入れていく。
「あっ、待ってたよ!やっと来たね。はい、これ。あ、お箸はそこからとってね。おしぼりもあるよ」
シゲが陣取った折り畳みテーブルに肉が山盛りになった皿とおにぎりの皿を置いて、割り箸と紙おしぼりの入った箱を差し出した。
「シゲ、わりぃな!次は俺ら取ってくっからゆっくり食ってくれよ。にしても、シゲ、おかんみてーだな!」
タリくんに言われて、前髪で目は見えないが、口元は思いっきり得意気に笑ってる。
「うち、親父と二人だから、ごはんは結構作るんだ。だからこういうこと好き。あ、柏木さん、ありがとう!柏木さんもこっち食べてよ」
「ダンスの柏木ちゃんだよな?さすが元気いっぱいだな!」
「わ、ほんと!?いやいや、行くところでジャイアントコーンと鉢合ってさ、途中から結託しただけだから。それより、みんな早く食べよ!」
可愛い部類なのに全然飾らなくて大口開けて笑う柏木にみんなもつられて笑ってる。おれもすごく好感を持った。
「じゃあ、シゲと柏木ちゃんに感謝してーいっただきまーす!!」
タリくんの音頭でみんなで小皿にとってモリモリと食べた。
「ありがとう。私も次取りに行くからね!ダンスってヒップポップとか?」
「うん、そう!…って、あー牛乳タイムー!!ねえねえ、ジャイアントコーンとのコラボ、超おもしろかったよ!!」
莉奈が声をかけると、柏木は目を輝かせて莉奈を見上げ、交互にシゲへと見やった。莉奈もシゲへと目線を飛ばすと、シゲは髪をかき上げてじっと見つめた。小学生の頃からシゲの目線に多くの女子はころっとやられてきた。本人は何も考えてないこと多いんだが…でも、隣の莉奈は全然たじろがない。ただ凛とシゲの視線を受けていた。
「ねえ、ひなたちゃんって言うんだよね?どういう字書くの?」
「あ、ひらがななんだ。気軽にひなたって呼んでよ!牛乳タイムはりなちゃん、だよね?」
「うん!はは、もう牛乳タイムでも、いいよ?」
莉奈は間を持たせて渋く言って、身を屈めて柏木へと頬を寄せた。
「りななん、だよ」
ゆっくりと咀嚼していたシドが飲み込むと、言った。
「りななん、あーなるほど!まっつんもいいなって思ってたけど、りななんって呼ぶわ!あたしさー服ジャージばっかだからファッション誌読まないから知らなくってごめん!」
「ううん、いいよ。だって、今は青春の高校生だもんっ!」
そう言って莉奈はぎゅうっと自分の肩の高さの柏木を抱きしめた。さっきの宮内と話していた時の何倍も楽しそうだった。
「わっ!ねえ、りななん!おっぱいにあたってるって!!」
「大丈夫だよ~私ぜっんぜんないから!」
「あるってあるって!」
「……」
柏木発言におれら男子チームは妙に気恥しくなり、お互いに目線を外し、鼻と口元へ指をやって、ほんのり赤くなってる。くそーシゲのやつ、前髪効果抜群だよな!
「しっ、シゲ、そ、そいや、宮内ちゃんは?」
タリくん声裏返ってるぜ…
「ふへ?あ、ああ、知らないうちにはぐれた。他の人としゃべってるからいいんじゃない?」
塩むすびにかじりついていたシゲがもごもごしながらあっさり言った。シゲが顎をしゃくった先には既に大勢の男子に囲まれてしなっている宮内の姿。なんか皿の肉かわいそうだな…
「おいしーい♪このお肉とろける~もうお肉とお米最強~!!」
「いっくら食べても飽きないんだよね。いい肉だよ、これ!」
「この塩むすびのお米の炊き具合と塩加減も絶妙だよ」
こっちは莉奈と柏木とシゲの会話。
「ねえ、そいや、二人とも食べっぷり良すぎない?それでそんな痩せてんの!?」
「ん?俺食べるの大好きだよ!太れないんだ。なかなか筋肉もつきづらいからそれはそれでつらいよ」
「私も食べることが一番好きなの!目につくところは太らないかもだけどむくみやすいんだ。
それに運動苦手だからさ…ひなたがいちばん健康的だと思うよ」
「ええ~、そうなのかなぁ?ちょ、ちょっとツインタワー!ほら、しんみりしない!二人とも立ってるだけでかっこいいじゃん!あたしは元気よくおいしそうに食べる人大好きだよっ!!」
柏木が焦って両隣のシゲと莉奈の腕をパシパシ叩いた。あの二人、全然サシでしゃべんないんだよな。それぞれはよくしゃべるのに。
「あれ?小林さん、野菜ばっかりだね。それに、やけにふらふらしてない?」
シゲが声かけた先にいたのは、お母さんと柴犬の名前が謎のままの小林だ!確かに、やけにぐったりしている。
「うんー…忘れ物取りに行ったら迷っちゃって、やっと校庭着いたらお肉の列すごくて、野菜はすぐにもらえたからこうなったんだ~」
「ええっ!?ちょっと早く言ってよ!って携帯交換してなかったもんね。後で教えて!ほら、こっちおいでよ!」
「そうそう!お野菜よりまずお肉とお米!力つけなきゃ。はい、バッグ貸して」
柏木と莉奈がお姉ちゃんみたいだ。莉奈が自分の分から肉を分けようとした。
「あ、いいよ。これ全部あげるから」
シゲが初めて莉奈に話しかけた。そして素早く皿に残っていた肉を全部小林の小皿へと移して差し出した。
「え、いいの?ジャイアンくん、みんな~ありがとう」
「ぷっ、あっはは!シゲ、今度はジャイアンかよっ!?」
おれとタリくんで同時に言って盛大に吹き出した。シドも柏木も莉奈もくすくす笑ってる。
「おーれーはジャイアーン、ガキだいしょーおー♪」
シゲが高めの可愛い声で歌う。これが決め手でみんなツボに入ってしまい、お腹抱えて笑いが治まらない。し、シゲめ…
「おーい、新入生どもー!これからー焼きそば行くぞぉぉぉーっ!!」
「この大鉄板での焼きそばは絶品ですよー。ぜひ味わってくださーい!」
てらさんのドス利かせまくりの掛け声に、ゴッドファーザー学長のセールスポイントが加わり、みんなの目がギラッと光る。
「よっしゃ!第2弾、さっきの御恩返しは任せろ!」
既にジャケットは脱いでシャツ1枚になっていたタリくんが腕まくりをし直した。
「あ!あたしも行くよっ肉に関してはあたしに任せてよっ!」
「おう!柏木ちゃんナビ頼むわ!」
「ひなたでいいって!あんたはタリだっけ?」
タリくんとひなたは既に走り出した。おれと莉奈も目を合わせて、力強く頷き合った。
「たくたく、焼きそばっ!」
「莉奈、おれらは焼きそばっ!」
またしても同時に発していた。ポカンとしているシゲ。
「都築くんはシドちゃんとかほちゃんのことお願い!」
莉奈がくるっと踵を返しながら初めてシゲへと声をかけた。莉奈がターンすると、そのツヤツヤの長い髪も光をまとって流麗で、ふわっと微かに甘くて爽やかでずっと吸い込みたいような香りがするんだ…
「シゲ、シドと小林のこと頼んだぜ!」
じっと黙って動かなかったシゲ。おれが走りながら叫ぶと、充電完了したようにビクンと跳ねて姿勢を正した。
「じゃあなー、また夕方なー」
「うん。おばちゃん、帰ってきた頃にそっち行くよ」
満腹になって帰りは電車で帰ってきて、駅前商店街を抜け、おれらの住む古いマンションまで戻ってきた。隣同士のシゲと玄関前で別れると、行きとは全然違う気持ちだった。
「ただいまー」
鍵を開けて入っているのにわざと言う。返事がしたらそれはそれでオカルトだけどな。ふふって気持ち悪く笑いながら、子供の頃から習慣となっている手洗いとうがいに向かう。顔を上げて鏡に映る顔はやっぱり笑ってる…原因は、君だよ。
莉奈、ジャスミンの莉奈。出会っちゃったんだ、おれは。
自分の部屋に入って、スウェットとサルエルに着替えながら、机に置いたスマホをちらちら見てしまう。ブブ…と振動してチカチカ点滅する。
スウェットに腕を通すのももどかしく首だけ被ったままタップすると、あの鉄板焼き大会メンバー7人で交換して、早速作ったグループラインでタリくんからだった。
タリ(アイコン:自撮り):チィース!みんな無事うち着いたかー?
それを皮切りにスタンプ音と共に、どんどん新たな吹き出しがポコポコ出現する。
りななん(アイコン:ケーキ):みんな、おつかれサマンサ!今おやつタイムです♪
シド(アイコン:シド・ヴィシャス):ただいまスタンプ
かほ(アイコン:柴犬):うん~帰ってきたよ~みんなありがとう(ニコちゃんマーク)
ひなた(アイコン:なみえさま):えーっ!!!あたしまだ電車だよ!?
俺(アイコン:英国一家、日本をたべるの次男エミル←かーちゃんに似てると言われる):今生着替え中(キャッ)
全員から笑w草生えるが連打される(笑)。
りななん:あー!たくたく、エミルだー!そうそう、誰かに似てると思ってたんだー
お、莉奈が早速反応してくれる。
タリ:エミル?確かにヤナタクハーフ顔だよなっ!けど誰?
かほ:あー夜やってるグルメの外人のお父さんのアニメの~?
りななん:そうそう!
莉奈からアニメのキャプチャがどんどんアップされる。
シド:すっご目ヤナタクそっくりだ!
ひなた:なになにっ!?あははは、ヤナタクそのもんっ!!!
タリ:だな!これいつやんの?見るわ!
シゲ(アイコン:アイスのジャイアントコーン):ピカチュウがぺこっと頭下げてるスタンプ
し、シゲ、あいつ、また…しかもアイコン変えただろ!?今朝までカツオのたたきだったくせに。シゲは可愛いキャラが好きだ。特にピカチュウのことはライバルと意味不明のことを言う。
かほ:ひゃーピカチュウかわいい!ジャイアンくん、これどこで買ったの~?
シド:僕もほしい
シゲ:ここだよ!→リンク
やっとスウェットに袖を通しながら、背中を折り曲げてドヤ顔してるシゲの姿が浮かぶぜ。それに、莉奈、あんなに満腹になったってのに、もうおやつタイムなんて…ん?小林のアイコンって名前が謎の?もう早くみんなと会って話したくなってくる。
そうだ!ジャスミン、調べよ。茉莉花って書くのか。顔立ちは和風美人で雰囲気はヨーロッパっぽい。子供が生まれたら、女の子だったら、茉莉、いや莉花、かな…そこまで無意識に高速で思って、自分がものごっつ気持ち悪くなった。お、おれ、やべえ奴だ!!口元を手で覆い、かーって身体の奥から真っ赤がたぎってくる。頭抱えて机に突っ伏す。
その時、玄関から鍵をガチャガチャ回す音がして、ドアが開くのとスーパー袋がシャカシャカ重なり合う音。
「ただいまぁ~っと、あら?たくちゃ~ん、帰ってきてるのー?」
かーちゃんだ!おれはガバッと起き上がってスマホの電源を切ると、部屋を飛び出した。
「かーちゃん、おかえり!わ、すげえ荷物じゃん。電話くれたら迎え行ったのに」
パート帰りのかーちゃんの両腕にはパンパンに詰まったスーパー袋が3つ。おれは慌てて受け取りながら何気なく言っていた。
「かーちゃん?」
かーちゃんが妙に静かなので顔を向けると、かーちゃんが今日1日どれだけおれのことを心配していたのか痛感した。
「あ、ああ、ごめんね。そっ、そうよね!あらあら、ありがと」
「…うん。これ、運ぶよ」
かーちゃん聞きたいことたくさんあるんだろう。でも敢えて急かさないで逸らしてくれた。だからおれも普通に振舞おう。
「かーちゃーん、これほとんど冷蔵庫入れちゃっていんだろー?」
「はーい、お願いね~。あ、玉ねぎとじゃがいもとあとみてわかるもの以外よー」
かーちゃんも洗面所直行なので、少しエコーがかって聞こえてくる。
「おおーおおおおーう」
よし、かーちゃん戻ってくるまで全部入れてやる!
「あら、たくちゃん、もうそんなに入れてくれたの!?」
ちっ!戻ってきちゃった。あともう少しなのにな…よしゃ、やっちまおう。おれは振り向かずそのまま手を動かし続ける。かーちゃんがやれやれと息をついて笑ってる。子供の頃からおれは夢中になるとてこでも動かないのだ。
「はいはい、じゃ、お願いしちゃいましょ」
かーちゃんはそっとおれの横から空になったスーパー袋を取り上げて畳んでる。そして冷蔵庫へ全て入れ終わった。おれはそのまま振り向かず静かに深呼吸して、言った。
「かーちゃん、学校、楽しかったよ!シゲと同じクラスでさ、すげえだろ?それに、クラスのみんなとしゃべって友達もいっぱいできた。女子も入れて7人でさ、グループライン作ったんだ」
そこまで一息で勢いで言った。そして、横のかーちゃんをちらと見ると、目を伏せて微笑んでいたかーちゃんが目を押さえ出した。
「そ、そう、よかった、わね…」
「か、かーちゃん!?」
「かっ、花粉よ!ほ、ほら、今日、すごい飛んでるでしょ!?」
そのままかーちゃんはおれに顔を見せないで立ち上がって素早くティッシュをとると顔にあてた。
「かーちゃん、今までごめん。心配かけて。でもおれ、あの時かーちゃんが学校なんて行かなくていいって言ってくれたおかげで救われたんだ。だから、今の学校に行けたんだって思うよ。かーちゃんとシゲのおかげだよ。ありがとう。おれ、今の学校好きだ。これからはかーちゃんのこと安心させるから。おれが守るから」
これだけはちゃんと言っておかねばと思ったんだ。親子でも礼儀だ。おれを信じてくれたかーちゃんに。ティッシュを鼻にあてていたかーちゃんはそんなおれの気迫を感じ取ったのだろう。黙っておれが言い終わるまで聞いていてくれた。
「たくちゃん…」
そう絞り出すように言うと、かーちゃんは本格的に泣き出して、鼻もかみ始めた。ありゃりゃ…
「かーちゃん、ティッシュ足りねーだろ!?」
おれは駆けてティッシュを箱ごと持ってきて、2~3枚出してかーちゃんに渡す。
「違う、違うのよぉ、これは、嬉し涙なのよぉ~」
そう言っては泣いて鼻水かんでを繰り返すかーちゃん。僕は昔やってもらったようにとかーちゃんの細い背中をぽんぽんとさすった。
「よかった、よかったわぁぁー昨日の夜からずっと心配だったのよぉー」
「うん…そうだよね、ごめん」
「でも、さっき玄関に出てきた、たくちゃんの顔が明るくって周りの空気もね、キラキラってしてたから、ああ、これはきっと、大丈夫だったん、だわって、思って」
「うん、おれも、かーちゃんそう思ってんだろうなって、わかったよ。おれ、引きこもってた分、取り戻すから、青春」
おれは決意表明でかーちゃんの目をしっかりと見て、力強く言い切った。
「たくちゃん、お母さん嬉しいわぁ…って、ちょっと学校のこと詳しく聞かせてよ!もうね、ずーっと我慢してたのよっ!!」
かーちゃんはさっきまで泣いてたカラスはなんとかやらで、あらやだメイク落ちちゃってるじゃない!?って鏡を見ては、たくちゃーん喉乾いちゃったわよね?ちょっとだけお茶にしましょってもうにっこり笑ってる。
「あ、だったらおれ淹れるよ。かーちゃん働いてきて疲れてんだろ。それにこれからメシ作るしさ」
「たくちゃん…本当に一気に大人になったわね。なんだかお母さん、頼もしい。ふふっ。じゃあ、お言葉に甘えちゃお♪」
「おおーおおおおーう。でも、紅茶のティーバックだぜ。かーちゃん、どれにする?」
「お母さんは、ダージリン!」
「おっおおおー。じゃあおれはアールグレイ」
「ねえ、学校でお昼ごはん出たんだって?ライン見てびっくりしちゃったわよ!」
2つのティーバックの封を切ってマグカップに電気ポットからジャーってお湯を注いでいると、テーブルに頬杖ついてかーちゃんが全力待機していた。
「さ、たくちゃん、そろそろお母さん、晩ごはんの準備に入るわね。はい、カップ下げるわね」
「おーおおおおおー」
シゲとの駆けっこ競争にふきこっさんとのアウトレイジな出会い、タリくんとシド、莉奈、鉄板焼き大会、ひなた、小林ぽー(〆の焼きそばを食べ終わって歌穂からもじって命名決定!)との出会いを話した。かーちゃんは目をキラキラ輝かせながら大きく相槌を打ち笑い転げ「きゃあ、お母さんもみんなに会いたいわー。今度連れてらっしゃいよ!たかちゃんと一緒におもてなししちゃうわ!」って喜んだ。
ちなみにたかちゃんと言うのは、かーちゃんの親友であり、シゲのとーちゃんだ。シゲのとーちゃんは♪ピンポーンって、あ、インターホン鳴った。
「はーい。あら、しげちゃん!さ、入って入って」
「うん。おじゃましまーす」
「しげちゃん、本当にありがとうね。すごく機嫌よく帰ってきたのよ。学校がとっても楽しいって!これもしげちゃんがずっと一緒にいてくれたおかげよ」
ぷっ。かーちゃん、またシゲとっつかまえてやってる。
「あーおばちゃん、いいっていいって。そんな、頭上げてよ!」
かーちゃんがシゲに深々と頭を下げ、それをシゲがデカい手を広げていえいえとやりながら二人して器用に歩いてくる。
「よ!」
おれは椅子の上であぐらをかいたままシゲに片手を上げた。
「拓也、お疲れ様!」
うっわ、ほぼ全身こげ茶だ…
「おばちゃん、これからだよね?手伝うよ」
「あら、そうー。いっつも悪いわね。しげちゃん手際いいから助かっちゃう。今日はね、エビフライとポテトサラダとお刺身がメインねー」
やった。おれの好きなもんばっかだ。
「じゃあ、俺エビの下ごしらえやるね」
「お願い!おばちゃんはお米研いでお味噌汁とポテトサラダの準備するわ」
そうしてかーちゃんとシゲは二手に分かれて作業を始めた。
「なー、おれもなんかしよっか?」
「えっ!?」
シゲがぎょっとして振り返った。
「たくちゃんたらね、急に大人になっちゃったのよ~。でも、大丈夫よ。たくちゃんは座っててちょうだい」
「そうだよ!拓也は大人しくしてて!」
二人して手を広げて制された。なんだよ…小さい頃からうちはとーちゃんが海外転勤でずっといなくて、シゲんちは物心つく頃にはかーちゃんがいなかった。シゲのとーちゃんがごはん作るのを見ていたシゲは見よう見まねで手伝ううちに、すっかり料理好き上手になってしまった。
そんなシゲに比べておれは何もできないけどさ。ちょっとむくれるが、高校受験が終わって生きた心地がしない数日間を過ごし、無事に合格を確認した夜、緊張とストレスから解放されてハイになって強引に手伝ったものの、ひっくり返すわ、水を飛ばすわ、皿落とすわで、二人から頼むから座っててくれ!とすごい形相で頭を下げられたのだった…
「へーい…いや、悪いじゃん、みんな動いてるのにおれだけ楽してるのって」
小さい声でぷちぷち言い訳。なんか格好悪いや。莉奈はお母さんとキッチン立ってるのかな。お父さんがシェフでお母さんがパティシエって言ってた。だから子供の頃から食べることが大好きなんだって。ひなたとぽーがじゃあ手作りケーキ食べ放題なの!?って目の色変えてて、それに笑いながら頷いて私も作るのに今ハマってるんだって言ってた。食べたい食べたいって二人にシドも混じってねだられて、よし今度ママと作ってくるよって嬉しそうに言ってた。
プロのママのも興味あるけど、おれは莉奈が作ったのが食べたい…駄目だ、君に出会ってからおれはずっとこの調子だ。ぼーっと君を想い返してはふわふわっとあったかい幸せな気持ちになるんだ。ん…?
「うわあああっ!??ななななんだよっ!?かーちゃんっ、シゲっ!!!」
無意識に膝を抱えていて伏せていた顔を上げると、かーちゃんはじゃがいもと剥くやつを両手に、シゲはおれが苦手な生のエビ(灰色)の背を裂いて竹串でにゅっとしたやつを取りながら、二人して振り向いて真顔でおれを眺めていた。
「たくちゃん、すねちゃったかしらってお仕事あげようと思ったんだけど。ねえ、しげちゃん?」
「うん。せっかくのやる気削いじゃ悪いかなって」
やべえ、心の声だだ洩れじゃなきゃいいんだけど…
「や、やるよっ!って、そのスプラッターなエビはやだかんな!」
「拓也、エビフライ好きなくせに、エビに失礼だよ!こうして背ワタとってあげることによっておいしくなるんだから」
「そうよ~しげちゃんの言う通り!たくちゃん、エビチリにエビマヨも好きなくせに、下ごしらえの姿忌み嫌うんだから。はい、そんなたくちゃんはこのきゅうりに塩まぶして揉み込んでくれるかしら?」
「おっおおおーおっおおおー」
「あは、出たね、それ。拓也のおおー♪」
かーちゃんから薄い輪切りにしたきゅうりが入った小さいボウルを受け取って塩をまぶしていると、シゲがにゅっを抜き出しながら笑った。
「シゲっ、前向け前っ!」
ひいいっ!戦慄の白目剥き出し状態でおれはシゲへとぺぺぺっと手を払った。そんなおれにあははと余裕ぶっこいて笑い飛ばしながら、シゲはくるっと前を向いて大きな手でばりばりと殻を剥がして背中を開いてにゅっを繰り返した。
「おばちゃん、全部開いたよ。次は下味?」
「うん、わあ、綺麗ね~!そうそ、塩こしょうね。思いっきりガリガリって挽いちゃってね」
「はーい」
のんびり口調でシゲに指示しながらも、かーちゃんは炊飯器をセットし、みそ汁のお湯を沸かし、じゃがいもを茹でながら、野菜を刻んでいる。
「かーちゃん、塩もみしたよー次はー?」
「まあ、ありがと!じゃあ、あとはエビフライ揚げるだけだから、テーブル拭いてお椀とお茶碗並べてくれるかしら?」
「お、おおおおおおおーう」
ずっと立って作業してる二人に対して、やっと椅子から降りるおれ。ラックの一番上のかごからかーちゃんがちょこちょこ集めてきたランチョンマットを4人分選んで並べた。わざと揃えずにバラバラに無地のと柄のを組み合わせるのが好きだ。
今日もアシンメトリーに並べて満足してると、香ばしい匂いとパチパチッと油の跳ねる音がしてきて、あんなに肉と焼きそばを食べたと言うのに、既に心はエビフライへと向かっている。
「そうそ、ゆっくりと滑らすようにね。あらあらーしげちゃん上手よ~」
「えへへ。揚げ物はいつでも緊張するよね」
「そうよねぇーたかちゃん、とんかつ大好きだものね!」
「うん…週一ローテーションでカツカレー、かつ丼だーって騒ぐから大変なんだ…」
ぷぷ。シゲは魚好きだから肉食のおっちゃんと攻防してる。箸とお椀と茶碗を配膳してると、インターホンが鳴った。お、きっと!
「かーちゃん、おれ出る!」
ダイニング扉近くのインターホンの受話器をとると、モニターにはでっかい箱。もう誰だかわかる。
「おっちゃん、おかえり!」
ドアを開けると、でっかい箱を下げて、いつ見ても惚れ惚れする見事な頭の形に、パッチリしてるのにシュッとした鋭いけど優しい眼でおれを見ると笑うその人は、もう本当の父さんよりもとーちゃんらしさを感じて信頼してやまない、シゲのとーちゃん・圭哉(タカヤ)のおっちゃんだ。
「おーう、拓也ぁー!!入学式おつかれさんなー!ほれ、デザートのケーキとおこさまシャンパンやでえ!」
巻き舌滑舌良し大阪弁で第一声のあと、シゲとよく似た大きな手でおれの頭をわしゃーっと撫でた。
「わーありがとー!おっちゃん一緒に乾杯しよしよ!!ほら、早く上がってー!」
おっちゃんが来たのが嬉しくってもうぐいぐいって腕を引っ張ってしまう。
「お、おおおう~。拓也が俺のこと愛しとんのわかるでぇ、けどな靴脱ぎたいねん。ほれ、これよーく冷やしといたら後でめっさうまくなるで!!」
「うん、わかった!冷蔵庫入れてくる。おっちゃん早く来てよ!」
おれはおっちゃんから大きな白いケーキの箱とシャンパン、それにおっちゃんとかーちゃんが飲むワインを受け取ると「おっちゃん来たよー」ってダイニングへと飛んでった。おっちゃんとは赤ちゃんの頃から知ってる家族同然の間柄だけど、いつだって静かに靴を脱いで端に揃えて、かーちゃんに「ひとみちゃーん、洗面所借りるでえ」と声をかけ、手洗いうがいをしてから入ってくる。それはシゲにも徹底して受け継がれていた。
「おばんですー」
「あら、たかちゃん!おかえりなさい、待ってたわよ~」
「ひとみちゃん、お邪魔パジャマ!無事に息子らの入学式終わったな、俺ら親チームおつかれさん」
「はい、本当に、感慨深いわぁ…」
そう言い合うと、二人は厳かに頭を下げ合った。ふむふむと眺めるおれ。シゲは淡々とテーブルへ大皿に盛られたエビフライをセッティングしている。
「おう、シゲぇぇぇー!!」
シゲの手が空いたのを見計らっておっちゃんは両手を伸ばしてシゲの髪をわしゃわしゃと掻きむしった。
「わ、わわ、親父、やめてよ!」
「なんや、おま、全身板チョコみたいやんか!?」
ぶふ。早速指摘されてるや。さすがおっちゃん、即座突っ込みカテゴライズの天才なんだよな。
「板チョコって何?舐めたって甘くないよ」
「あらやだ、しげちゃん、おもしろ~い」
ぷ…ドヤってるぜ!かーちゃんしかウケてねえよ!
「おまえな、茶、茶、茶!ってダンスかい!?それとも加ト茶んか?ええか、下のロンTは柄もんにして、ボトムはデニムにするとかバランス感覚養えや!」
すっご、下手なバラエティ見てるよりおもしろいや…
「…ズボンはこれでも紺なんだよ」
「ズボンやなくてパンツー!ぼやっと黄土色入っとる!ネイビーはもっとスッとしとるわっ!!」
「まあまあ、たかちゃん」
ヒートアップして色白のため首まで真っ赤になってるのが目立つおっちゃん。かーちゃんがゆーっくり両手を振ってなだめる。あはあはと笑い過ぎて涙が出てきたおれに、バキッとおっちゃんの眼力が向けられる。
「たくやぁ~、おまえは今日もええセンスやな!かっこかわええで!」
おっちゃんがおれのスウェットとサルエルを眺めるとハイタッチを促した。
「わ、やった!イエーイエーイ!!」
おれとおっちゃんは服のセンスがよく合うのだ。よく一緒に買いに行くし、入学祝いにも「恰好ええの買うてや」と言ってくれた。
大して興味がないのがシゲ。日本人の標準より背が高すぎるってのもあり、サイズが合えば何でもって全くこだわりがない。
「しげちゃん、おばちゃんはね、今のナチュラルなしげちゃんがとっても好きよ。だって、それ以上お洒落でかっこよくなりすぎちゃったら、おばちゃん、眩しくって直視できないわぁ!」
「おばちゃん、ありがとう!」
いつもこうして2:2になる。
「おっ!ごちそうやな~!これは酒が進みますな!なあ、ひとみちゃん」
「ええ、そうなの~!みんなで乾杯できるの指折り楽しみにしてきたのよ~。それにたかちゃんの買ってきてくれたワイン、赤と白、どっちもおいしそうね、迷っちゃう~」
「ゆっくり開けよや~わははははー」
あーあ、酒豪大人チームはぐふふふって笑い合ってるや…
「さ、たくちゃん、しげちゃんもお席に着いて。あ、しげちゃん、今日もたくさんお手伝いしてくれてありがとね。たかちゃん、今日のエビフライしげちゃんがやってくれたのよ」
「いやいや、おばちゃんに言われた通りにやっただけだよ」
「お、そか。今週もとんかつ頼むなー」
「……」
髪を横に流しながら怪訝な顔をするシゲ(笑)。そうしてみんないつもの席に着いて、おれらの前にはおこさまシャンパンが置かれ、グラスを合わせて乾杯した。
「拓也、シゲ、高校入学おめでとなー!めっさ青春せやー楽しめや!!」
「先生方が鉄板焼き大会開いてくれるなんてくだけていていい雰囲気よねえ」
「なー。昼飯やーってスマフォンみたらシゲからのラインで驚いたでー」
「いただきまーす。あ、よく揚がってる、よかった…おばちゃん、タルタル最高だね!」
「そうお?いつものだけどね。そう言ってもらえるの嬉し♪」
「拓也?どないしたん?まさかおこさまシャンパンで酔ったのか?」
「たくちゃん?」
おれが急に黙り込んでごはんに手をつけないから、おっちゃんとかーちゃんが心配して顔を覗き込んできた。シゲも手を止めて僕をじっと見つめた。
「おっちゃん、シゲ。あのさ、かーちゃんには、さっき言ったから、今度は二人に、えっとさ、その、ありがとう」
さっきのかーちゃんのように、陽気だったおっちゃんは静かなモードに顔も雰囲気も切り替えた。おっちゃんはいつもおれに対して対等に接してくれる。
「おれ…また、ちゃんと学校に行けるなんて思ってなかったよ。おっちゃんが励ましてくれて守ってくれて。シゲは勉強見てくれてそばにいてくれて、いつも変わらなくって、さりげなくおれを引っ張ってくれてさ。で、同じクラスになれて、すごく嬉しくて安心したんだ…本当に、こんなおれに良くしてくれてありがとう。これからも、よろしくお願いします」
泣かずに言おうって思っていたのに、最後はぐずぐずってなってしまうや。あーまたかーちゃんもつられ泣きしてるし。かーちゃんの隣にいたおっちゃんがすっ飛んできて力強い腕でおれの頭を抱え込んだ。
「拓也、俺らとおまえの仲やろ?礼なんてええんよ。あーでも、おまえの顔見てそれ聞いて、めっさ安心したわー。もう昨夜っからずーっとラインで互いに不安とお祈り繰り返しとったもんなぁ、ひとみちゃん!」
「ええ、ええ…」
びえええってなってるかーちゃんに今度はシゲが席を立ってティッシュの箱を渡してる。
「拓也、すっかり人気者なんだよ。みんなからヤナタクって呼ばれてる」
「ヤナタク!?あの人みたいやんか!?って、シゲよ、おっまえホンマ担々麺やなー」
「え?じゃあ親父はジャージャー麺だね。おばちゃん、親父、本来の拓也に戻ったから、もう大丈夫だよ」
さりげなーくドヤってるけど、淡々と曇りないシゲの発言は重みを持って響いた。
「しげちゃん…ほんとに、本当に、いつもありがとうね…これからも、この子のこと、どうかよろしくね」
「うん。拓也とは赤ちゃんからのつき合いだし。拓也ほど見てておもしろい人はいないから、おじいちゃんになってもつき合うよ」
ははって笑いながら、髪をかき上げたシゲ。
「な、なに?みんな…??」
即座に突っ込むおっちゃんも、歓声を送るかーちゃんも、おれも、その妙にキラキラしてやけに色っぽいシゲの笑顔に、まさに息を飲み込んで見入ってしまっていた。
「しげちゃん、気になる女の子ができたのかしら~?」
「シゲ、おまえ、前髪切れっ!!」
かーちゃん、おっちゃんとおれ、同時発言していた。