EVERYTHING Chpter1:Takuya and Rina 1-2
「シゲ、すごいね、この入り口と同じくらいある…」
「だはははっ、すっげ!シゲ、遅刻できねーじゃん!」
タリくんとシドがシゲを囲んで入り口を見上げてる。おれに突如浴びせられた強烈な白光、ざわめきなんて知らない3人は無邪気に中へと入っていく。
「ヤナタク!?どした?トイレ行きてえの?つき合おっか?」
真新しい上履きがちょっと堅い。わざと爪先はあずき色を選んだ。じっと見つめると、おれは顔を上げ、きょとんと振り返ったタリくんに首を横に振りながら笑った。そして中に入りかけてたシゲが外に出た。なぜか半分扉を閉めて。
さあ、もうこの中には、君がいる。
中学なんて思い出したくもない。忌み嫌いでしかないぜ。15年しか生きてないけど、憎悪でしかない。大嫌いだ。おれは中学校に、シゲ以外の奴らに叩き潰された。だから逃げ出した。死にたくなかったから。だから、本当は、今だって怖い…ノリでここまで来ちゃったけど。
でも、それよりも、あの光をおれはまた浴びたい、いや、掴みたいんだ!だから、行くぜ。
ガラッ。きひひ、この扉コントみたいな音するな。シゲのとーちゃんが大好きでよくDVD見せられるドリフみてーだ。ぐひひと笑い堪えながら踏み出すと、中にいるみんなの視線が自然と向けられる。
「拓也、どうした?お腹空いた?」
「ヤナタク?へへえっ!?もう腹減ったの?」
「…僕、朝ごはん食べらんないから、なんか、すごいね…」
真面目に席に着いてるやつなんてほぼいなくって、女子は教卓周辺で、男子は後ろのロッカー周辺で丸まって自己紹介し合ってる。おれらを見てまた笑いが起こる。
「おー、やっと登場!シゲとヤナタク」
「さっきっからずっと名前連呼されてっから気になってたんだわーって、すげえ目デカっ!?うわっ、ジャイアントコーンみてー!??」
タリくんはシド引き連れて他のみんなとハイタッチしている。それに他のみんなも思い思いにおしゃれしててタリくんのように雰囲気があったかい。
「ヤナタク、ハーフなん?」
「ううん、残念ながら純国産」
「シゲは超足なげーなー!あ、そいや、女子でも背が高いのいるよ」
向けられた指の方向をみんなで見ると、やっぱり、彼女だった。
正面から彼女の顔を見た。白い、すごく白い。透けてしまいそうなほどだ。こくん。息を飲み込む。上げるか、顔…!?
「ほーい、ご歓談中たいへーん申し訳ありませんがーピッカピカの一年生みなさーん担任の到着でーす」
低く乾いた抑揚のない声でみんな巣から出たアリの子ようにパーッと散った。ん?
「ヤナタク、俺ら窓際のうしろっ!」
「シド、俺たちは真ん中の真ん中だよっ」
ぷぷ…志村うしろーみたいだ。またじわじわとドリフがくる…
「あ…」
やべやべと席に着くと、ふっといい匂い。それに光に反射する黒い髪…
「よろしく!」
彼女、だ…うわ、隣の席だなんて…鏡を見なくてもわかる、自分が今真っ赤になっていくのを。だって身体の奥からぐわーって熱くなってるから。
せっかく話しかけてくれたのに、ただじっと見つめたままぎこちなく頷くので、精一杯、だった…情けね…え、にしても、声低くないか?彼女は変な人認定まっしぐらなおれのリアクションを気にせず軽く微笑んだまま、くいっと顔を教卓へと向けた。それにおれも糸で釣られたようにならってしまう。あー!声に出さなかったが、口は発声の形のまま止まった。
「アウトレイジ、じゃねえぞぉ。そう言いたげな奴がいるが、俺が今日から君らの担任の吹越でーす」
この発言にみんながどっと笑った。チンピラオーラが半端ないが、相反するあったかみがあるのがおれら子供にも十分伝わる。
「せんせー、何歳ーっ?」
「結婚してますよねー?」
みんながやんややんやと次々に質問を浴びせる。
「お、おい…俺なんかのプロフィールそんなに興味あんのか?」
「あるー!」
すげ、輪唱状態…
「…それよか担当教科聞けよ。ま、いいか。えー名前は吹越満だ!担当教科は歴史!世界史と日本史両方やってんだわ。で、3年間クラス替えはなしで、俺もクレームなきゃおまえらと3年のつき合いになるんだな。ま、3年んなったら受験コースでカリキュラム分けるけど、なんせ隣と2組しかないから、よーく友好あっためろよ~」
これにみんなぐわっと笑う。そっか、このメンバーでずっといけるのか…なんか、またほっと心から安堵した。
「せんせー、まだ質問答えてないよー」
「あ、そうだった。年は45(ヨンゴー)!おまえらからしたらジジイだろー、ふははは!あとバツイチなんだわ。娘がおまえらよりちょっと上で今年大学で元奥さんと一緒にいる。今は一人暮らしだ」
一瞬シーンと気まずい空気が流れる。それをいち早く察してニヤリと笑う。
「バーカ。ピッカピカの一年生が気ぃ遣うなよなー。別に今でも結構近くにいるし、飯だって頻繁に一緒に食ってる。なーに大人になりゃおまえらだってわかることだ」
それにみんな安心したように笑顔が戻る。
「じゃあ、彼女いんのー?」
「そこは残念ながら今はいねーなー。あ、だからって生徒に手出すほど困ってないからな!」
ボヤきながらもカラッとしてるので、女子も安心して大笑いしてる。
「せんせー、趣味はなーに?」
「んーそこ語り出すと長くなるぜ。映画が好きだ。あと、飯作り」
「ホームルーム中失礼します。ふきこっさん、ちょっといいですか?」
じゃあと女子が言いかけた時、他のクラスの先生が突撃してきた。身体を半分外に出して二、三度頷くと、ふきこっさんは振り返った。
「あー、わりぃ。ちょいと出てくっから。続きは後でな。それよか次はメインのおまえらの自己紹介だから、ウケ狙い考えとけよー」
そう言い放ち、ふきこっさんが出てくと、一斉におしゃべりタイムとなる。
「ヤナタク超楽しくなりそじゃね?このクラス」
早速タリくんが話しかけてくる。いいな、この笑顔。
「うん。俺もそう思う!」
「ねえ、松野さんって“charmberry”のモデルだったんだよね?」
男子二人でふははと笑い合ってると、タリくんの隣の席の女子がぐいっと身を乗り出してきた。そう、おれの、隣の彼女に。まつの、って言うんだ…
おれは窓際なのをいいことにタリくんに話しかけられたのをいいことに、身体を横に彼女側に向けていたから、切れ長の目をくいっと上げて振り返る彼女の優雅な姿をスローモーションのようにアリーナ席で目の当たりにした。
「え?あ、うん…でも、ちょうど中学と一緒に卒業になっちゃったけど」
「そうだよね~すっごーい!あたし、見てたよぉ。まさか生で見られるなんて思ってなかったぁ。ほんとに雑誌で見てたまんま色白で超背高い~ぃ!え、声すっごい低くない?」
一方的にまくし立てるその勢いに思わずおれもタリくんも黙って注目してしまう。タリくん隣の席の女子は小柄で同じ色白だけど、カラーリングしたボブにパチッとした黒目がちの目でクロスした両手の上に尖ったあごを乗せて、にっこりと笑んで彼女を見据えてる。
「あはは。初めての人はみんなびっくりするんだ、この声。あ、えーと」
「あたしは咲蘭。宮内咲蘭」
「宮内さんは声可愛いね。それに顔もとっても女の子らしくて可愛いね。私すごく好みだよ。あははは。あ、変な意味じゃないからね」
おれは勝手にヒヤヒヤしている。だって、この宮内、美辞麗句すごいけど挑戦的だ。気の強い女子なら一触即発だろう。でも、彼女は嫌味返しではなく見事にさらっと交わした。
「えー、あたしは松野さんみたいにきれーな人すごぉいって思うし。それよりー芸能人にならなかったの?中学の友達とかーリナちゃん次どこの専属になるんだろうって心配してたんだよ~?」
「わあ、そうなんだ。お友達によろしくね。うーん、私タレントってタイプではないし、海外のモデルエージェント受けたんだけど落ちちゃってね」
はっはっはっておどけて両手を広げて言う彼女。これ、触れられたくないとこなんじゃないのか?
「へえー、松野さん、すっげーな!」
お、さすがおれたちのタリ!やはり察してる。でも、宮内は首をかしげてまだ彼女を見つめてる。
「えー、そうなのぉ?もったいなーい。だってあたしの友達、松野さんみたいに背も高くないのに読モからスカウトされて事務所入ったよ?」
マツノ、リナ。声も、君の名前も知れた。よし、アイテムは揃った。次のクエストへ行くぞ!
「そっか。お友達、すごいね!応援するよ」
「もったいなーい。あたしだって原宿とか歩いてて声かけられるよ?松野さんだってすごいんでしょお?」
君はずっと穏やかに微笑んでる。
「宮内さん華あるもんね。私はずっと小学生の頃から仕事してきて、高学年の頃には学校行事も出れなくなってたし、中学の頃は塾もあったからあんまり友達と遊べなくって、だから高校では思いっきりそういうの、楽しみたいんだ」
その見事なまでに美しい切れ長の目を伏せてゆっくりと話す君に、おれの想いすべて、破裂した。
「おれもっ!!」
無意識のうちに腹から声が出ていた。自分でも驚いた。僕へと身体を向けていたタリくんがずるっとなってる。
「や、ヤナタク…!?」
君も、打たれたようにおれを、おれだけをその綺麗な目を大きく見開いて見ていた。おれはやっと君の視界全面に映れた。君の瞳孔の中のおれをじっと見つめながら、次の言葉を君に。
「おれも、青春したいんだ。青春、したくってここに来た!」
目がキラキラ潤んでいる…唇もきゅっと上がって、かーちゃんが好きでよく買ってくるさくらんぼのように瑞々しい。ああ、気づかれないようにつばを飲み込まなきゃ…
「わあ、同じだね!嬉しい。えっと、谷中くん、だよね?」
宝石なんてテレビでしか見たことないけど、この潤んだ目には適わないだろう。そうして君は初めて見た時のように、猫のような一本線の目になって、にっこにこと笑ってくれた。
こくん。おれも君の目をまっすぐに見つめたまま笑って頷いた。さっきの変な人認定取り消してくれるといいな。
「そうそ。ヤナタクヤナタク。あ、俺はタリね!」
「ヤナタク?」
君は眉を上げて首をかしげて聞き返した。さっきの宮内のあざとさ全開とは比べ物にならない。
「谷中、拓也。松野、さんは名前、どういう字書くの?」
タリくん、ナイスパス!ありがたく受け取って、会話が途切れないよう問いかけていた。
「私はね、松野莉奈。まつの、は普通の自然の松と野で、りな、はくさかんむりに利益のり、ジャスミンの漢字にも使われてるんだけどね。な、は奈良のな、だよ」
「へえ、ジャスミンか」
後でスマホで調べよって思ったら、次は君からも問われた。
「たくや、くんの漢字は?」
「んーと、アイドルのあの人とは違って、たくは開拓のたく、“や”は簡単な“なり”って書く方」
「谷の中拓く也、か。いいね、冒険するひとみたいだね!」
パアアアアッと。漫画なら僕の周りにお花と星が舞ってるのだろう…じーちゃん、かーちゃんサンキュ!すっごい話できてるし盛り上がってるんじゃないか?
「だからヤナタクなんだ」
「そうそ!ねー二人してすげー頭良さげな話してんじゃん!俺、漢字苦手なんだよーはっは!あ、松野ちゃんは何て呼んだらいい?あー宮内ちゃんも!」
しまった!功労者のタリくん放置しててごめん!さすがだな、もう松野ちゃん呼びしてる…宮内はすっかり忘れてたわ。
「そうだ、宮内さんはさくらちゃんって言うんだね。どういう字?」
おれらが盛り上がってるのがおもしろくなかったのか左手で頬杖ついて右手は机を小突いていた。
「蘭が咲くってひっくり返して咲蘭」
さっきまでの甘ったるいしゃべり方じゃない。こいつ典型的な自己中なタイプだな…人のこと言えないけどさ。
「へえ、素敵!映画や小説のヒロインみたいだね」
「おーおーアイドルみてえっちゅーか!」
タリくんと君は盛り上げてるけど、おれはさっきまでの饒舌どこへやら冷めた目で見てやる。
「おーすまんすまん。待たせたな…って、そのようなご心配はないようですね、はい」
ふきこっさんが戻ってきた。セルフボケツッコミに思わず吹く。そして席を離れてたやつは戻って、ぐるりと後ろを向いてたやつも、みんな一斉に正面を向く。
「おー、せっかく盛り上がってたとこすまんな。じゃ、始めっか、自己紹介」
ふきこっさんが戻ってきて始まった自己紹介は十分なおしゃべりタイムがあったおかげで、みんなリラックスしてかなり盛り上がった。シゲとシドの周りの女子もなかなかにキャラが濃そうな感じで、印象的だったのは―
「柏木ひなたです。憧れの人は安室奈美恵さまと米倉涼子さまで、小学生からダンスやってます!あ、好きなドラマはもちろんドクターXです!!」
「おー、すげえな~。うちにもダンス部あるぞ」
「もっちろん仮入行きます!」
ふきこっさんは律義にコメント返しをしていた。柏木はかなり小さいが目が大きくて髪が長い黙ってれば清楚系なんだけど、声がかなり通って大きくてハキハキと話すギャップ萌えってやつかな?
「小林歌穂です。え~っと、うちでは柴犬を飼っていてその子とお母さんが大好きです~」
「そうか~で、柴犬なんて名前だ?お母さんのメシはうまいよな」
「はい~お母さんとは何でも話せておもしろいから仲良しなんです~」
シゲの隣の小林。彼女も結構な高身長なんだけど、ややガタイいい感じかな。もう福神さまのような雰囲気でかなりのんびりしゃべる。結局柴犬の名前謎のままだし!
シドもあっさりしすぎて逆に笑えた。
「志戸、理樹です…よろしく、お願いします」
「おーおー、それだけかよ?好きなもんとかあんだろ?」
「ええっと…寝ること、あと、甘いもの」
これにはクラス中でくすくす笑いが起こった。フェアリー系ルックスを裏切らないと!そして、お次はシゲ!
「都築重伸です」
シゲは名乗っただけで笑いが起こり、身長何センチー?バスケ得意?いやバレーだろ?いやいやモデルだろ?と一斉に質問が飛び交う事態。
「おーら、同時に話しかけんなー聞き取れんだろーが!?はい、質問は1社ずつで。確かに都築重伸の身長は気になるよな。なんと、我が校始まって以来の身長の高さだー」
シゲは小さくコホッと咳払いすると、ふきこっさんに促され、質問に答えた。
「身長は186cmになりました。中学の頃は卓球やってました」
身長のとこではわーって盛り上がったのが、卓球では微妙になった。
「へえー卓球か温泉行くとやっちゃうよな。で、活躍したのか?」
「あ、いえ全然。ピンポンじゃなくって稲中でした、ははっ」
漫画好きのシゲ。自分ではうまいこと言ったってドヤって笑い込めてるけど、みんな完全に引いてるぜ…(笑)
「おうおう…そうだ、なんと女子もな、学校いちの長身がいるんだ。松野、松野莉奈、ちょいと立ってみ」
「は、はいっ」
突然振られた彼女が戸惑いながら椅子を引いて立ち上がる。シゲ同様、おおーっと声が上がる。女子のファッション誌なんて見ないから知らなかったけど、モデルだったんだ。しかも小学生の頃からなんてすごいよな…
「松野は何cmなんだー?」
「今は169.5cmです!あともう少しで170になるんですっ!」
両手で握りこぶし作って満面の笑みで言い切る彼女。シゲが引かせた空気が戻ってきた。ふきこっさんも笑い崩れてる。
「そうかー俺と変わらん。抜かされんな、こりゃ。都築重伸も松野莉奈も昔っから大きかったのか?」
「親父が大きくて。でも今は俺が抜きました」
「私もです。あと小さい頃から1日4回牛乳タイムとってきました!」
ここでシゲが振り返った。前髪に目は覆われたままで。あいつ見えてんのか?彼女もシゲへと目を向けた。ふは、なんかバチバチって火花散ってる?
この時のおれはなんて無邪気に笑ってたんだ。デンコウセッカ、だったんだなってわかるのはもう少し先の話。
それからおれとタリくんの番が回ってきて立ち上がっただけでヤナタク、タリーってコールが起こって笑ってしまった。彼女もにこにこ笑って見守ってくれていた。
「じゃあ、これで全員回ったな。よろしく、1年A組!」
ふきこっさんが教卓にバーンって両手をついて宣誓した。
「ここでお開きと思うだろ?ふっふふふ。えー自由参加だけどな、この後俺ら主催で鉄板焼き会やるんだけど出たい奴はぜひ参加してくれ。ただメシだぞー」
こう言われて、男子はうおおおー肉ぅー!と叫び、女子はわーどーする?ってやってる。
「ヤナタク、どする?俺、親仕事行ってるし、コンビニかって思ってたから出るぜ!」
おれもかーちゃんは商店街の甘味処でパートだから昼ごはんはお金置いてくわねって言われてたんだ。彼女はどうするんだろ?
「出る。うちもかーちゃん仕事だし」
シゲもとーちゃん仕事だし、それぞれ鍵っ子なおれらは帰りどうする?マック?ファミレス?なんて話してたんだ。
「そうこなきゃ♪あ、松野ちゃんと宮内ちゃんは?」
「んーどうしよっかなぁ」
おまえはいいよ!もったいぶんなっ。
「私も出るっ!うちも両親お仕事だから鍵っ子だしね」
よし、やった!心の中でおれがチアリーダーになってポンポン振ってる。
「おーい、おまえらー出欠とるからーこっち向けー。あと、親御さんに連絡も入れてからだからなー」
そうしてなんと全員参加希望でおれらはスマホで親に連絡を入れさせられ、校庭に出ることになった。
入学式の帰りと同じようにシゲがシドを連れてやってきた。
「バーベキューみたいでわくわくするよね」
シゲが髪をかき上げて超嬉しそうに言う。シゲのとーちゃんが毎年夏にキャンプに連れてってくれるので、楽しい想い出がよみがえる。
「都築くんだよね!?うっわー超背たかーい!ね、ね、すごぉ~い、186cmなんて!並んでみてもいいっ?」
あざとい自己中宮内が目の色変えてシゲに話しかけた。
「…あ、ああ、うん…?」
シゲは戸惑いながらキャッキャと周りを回る宮内を見下ろしてる。おまえ、髪に隠された顔見たんだろ…くそう、おれのシゲに手ぇ出すなよ!!
「あたしねえ、咲蘭!宮内咲蘭、よろしくね!あたし、160だから二人の頭の間30cmものさしくらいかなぁ?」
小首かしげ両手くみくみ上目遣い…うっわー…タリくんはあんぐり口開けたまま苦笑いしてる。
「都築くん、ね、一緒に行こ?いいよね?渡利くん、谷中くん」
シゲの隣にちゃっかり納まってチロリとおれらを振り向く。
「あ、ああ、うん。そだな!みんなで行こうぜ~!」
タリくん、君がいちばん大人だよ。怒りでハラワタ煮えくり返りまくりだが、すーっと息を吸い込む。子供の頃、泣き虫なのに手がつけられないくらい強情だったおれにかーちゃんが「たくちゃん、おなかからまっかなわーがきたら、泣いてバタバタするだけじゃダメなのよ。そういう時はお鼻からすーって息吸ってお口から吐き出すの。まっかとはバイバイできるから」って顔中涙と鼻水まみれで暴れて地面を転がりまくって汚れたおれを目線までかがんでぎゅって抱きしめて身体をさすってくれた。
「シド、もうメシ食える?」
ここまで一言も話していなかったシドにおれは声をかけた。シドはビクッと肩を上げておれを見た。心細い中デカくて優しいシゲに心開いていたのに宮内にすっととって代わられ、また幼馴染でコンビ状態のおれが面白く思ってないと気を回してたんだろう。
「え、う、うーん、ちょっと、空いた…かも」
そう言葉を噛みしめながら言って、両手でお腹を押さえた。女子かよ!その仕草におれはぷっと吹いた。
「あっははは!か、可愛いねぇ!」
もう一人、吹いた。それは、彼女だ。そう、ジャスミンの、莉奈。思いっきり一本線の目になって漫画だったら涙飛び散ってる勢いで顔いっぱいで両手叩いて笑ってる。
タリくんもシドもその様に自然に笑顔になって優しい空気がおれらを包む。
「松野ちゃんも一緒に行こうぜ!」
「りななん」
「え?」
シドが興奮気味に声を上げた。
「僕、charmberry読んでたよ!りななんの着こなし、いっつもかっこよくって憧れてた」
「え、だって?女子の雑誌でしょ?」
おれはきっとひょっとこのような顔してるんだろう。シドとジャスミンの莉奈を交互に見ながら問うた。
「僕身体小さいからメンズものブカブカなんだ。だからレディースもの着てる。だからってピラピラのブラウスやスカートじゃないよ?レディースでもメンズライクなかっこいいアイテム多いブランド最近増えてて。あ!ヤナタクも似合いそうだよ!!」
シドはさっきまでのオドオド遠慮がちさは消え失せ、目をキラキラ輝かせながらおれの二の腕を掴んだ。
「お、おおーおおおおーう…」
「松野ちゃん、りななんって呼ばれてんの?」
「うん!中学の頃とあとモデルの現場でもそのまま使われてたんだ」
「そっか!じゃあー俺もりななんって呼んじゃお♪」
「いいよ、タリくん!」
「おっし!じゃあ出遅れたけど肉食らいに行きますかー!ヤナタク、シドじゃれ合ってないで外行くぞっ!」
タリくんが左手をポケットに突っ込んで、右手は軽く宙を舞わせて、先に歩き出した。さっきからお笑いキャラ的になってるけど、タレ目がなかなか色気あって格好いいんだよな。
「タリー待ってよ」
シドが小走りで後を追う。その様をおれと彼女は微笑ましく歩きながら見ていた。
「可愛いね、弟みたい」
「だよね。小動物みたいだし」
前を向いたまま話し出し、途切れたところで顔を見合わせて笑い合う。目線の高さは若干おれが高いくらい。りななん…違うな、おれだけの呼び方が、したい。
「たくちゃん、は呼ばれてる?」
へ、へええ?か、かーちゃん??
「ぷっ、あははは!そ、その可愛い目、飛び出そうになってるよ!」
彼女がお腹を抱えて笑い出した。相当素っ頓狂な顔してんの自分でもわかるよ…可愛い目って、なんか嬉しいや。
「ああ、ごめん。かーちゃんがさ、そう呼ぶから」
「そっか!私のこと、お母さんだって思っちゃった?」
そう猫のような目で笑ったまま、軽くおれの腕にポンと触れた。
「莉奈って、(ジャスミンの)って漢字で呼びたいんだけど。お父さんとお母さん、そう呼ぶよね?」
さっきっから胸の中で温めていたことを思い切って口に出すと、彼女はくいっと目を見開いて、また思いっきり笑顔になった。
「かっつん、あ、お父さん、克実って言うんだ。かっつんはりな~ってひらがなで、ママはリーナーってカタカナで呼ぶんだ。だから、(ジャスミンの)漢字で莉奈は、いないよ」
「そっか…じゃあ、おれは、ジャスミンの意味を込めて、漢字で莉奈って呼ぶよ」
「うん!たくたく、は、いる?」
その瞬間、おれの中を貫いていったんだ。シンクロって、こういうこと、言うんだ…
「いないよ。本邦初」
そう告げると、ぱあああっと音がするくらい、目も口も上がって開いた。
「じゃあ、私はたくたくって呼ぶっ!」
「よし!莉奈っ」
「たくたくっ」
そう言い合って、おれらはパシーンって手を合わせた。