EVERYTHING Chpter1:Takuya and Rina 1-11
「…く、たくたくっ!」
幻聴?と思った誰かの声、いや肩を揺すられて、おれはハッと顔を上げる。
「莉奈…」
いつの間にか前にしゃがみ込んでおれの顔を覗き込んでいた。
「どうしたの?なんかあった?」
そう、すーっと浸透してくるような優しい問いかけで、スカートの裾を押さえておれの隣に座った。
「あ、汚れちゃうぜ」
「いいの、だーいじょうぶ。ここ、芝生だし、後ではらえばいいよ」
「そっか…タリやシゲに、聞いた?」
シゲ、いつもは拓也は言い出したらきかないからって笑ってるけど、呆れてるんだろうな。
「ううん。何にも。ただ、ちょっと元気ないなーって思ったからさ」
そう言ったきり、莉奈は無理やり聞き出そうとせず、ただそばにいて、まっすぐ前を見ていた。おれはぽつりぽつりと話し出した。
「そっかあ…意見行き違っちゃったんだね」
「そ。おれ、かーってなっちゃってさ」
「うん」
莉奈に聞いてもらってるうち、ただただ腹立たしかったのが、だんだんとおれの態度もまずかったなって思うようになってきていた。
「日本語って難しいもんね。私も言葉足らずだなぁって思うことあるし。でも、たくたくは人のことを陥れようとかそういう気持ちじゃなくて、こうした方がいいからってわかってたから伝えてたんでしょ?」
「…うん。そう、なんだ。でも、先生に注意されて不貞腐れちゃってさ。なーんかおれ、かっこ悪いなあって」
「うん。ふきこっさん先生は笑い絡めてくれるかもだけど、先生たちも公平に見なきゃならないものね。だからたくたくを責めるとかじゃないと思うから、あまり思い詰めないでね」
莉奈はおれの話を聞いてくれながら、決して否定せず押し付けてきたりせず、的確なものをさりげなく込めてくれた。
「…すごいな、莉奈。おれなんかより、ずっと大人だ」
「ははっ。やっぱりお仕事してたのが大きいかも。モデルの時、他の子たちと集められて期間限定でグループ組んでたのね。ちょっとアイドル的な。レッスンとかあったし、やっぱり女の子同士集まるといろいろあって。そこで学んだかも」
「そっか…実はおれ、中学の頃、いじめられてたんだ」
封印してきたことを思い切って口に出していた。
「その頃おれ、結構イキってて、つき合ってる子もいたし、クラスでも中心っぽくてさ。そこに留学してたやつが帰ってきて、政治家とかの息子でさ、影響力すごくて、目ぇつけられて。シゲ以外、おれの周りからはいなくなったんだ」
莉奈は驚いて振り返っておれを見た。
「しげちゃん、以外…」
「うん、そ。シゲだけは変わらなかった。クラス違ったんだけどさ、おれのこと迎えに来てくれて、声かけてくれて。学校に行けなくなってからも、ノートやプリント持ってきてくれて、勉強見てくれた。シゲのおっちゃんもそう。学校に怒鳴り込んでくれてさ、かーちゃんのこと励ましてくれて。ここ見つけてきたのもシゲなんだ」
言いながら思い出して、不覚にもぼたぼたっと涙が噴き出してきた。莉奈の前だってのに、さ…
「お、おれ、だめだな…女子の、前で、泣くなんて…」
言いながらも止まってくれずに、みるみるうちに視界は曇っていく。
「…!!」
不意にふわっと優しくてほのかに甘い香りがおれを包み込む。
「り、な…?」
目をごしごしこすると、莉奈がおれの肩を抱いて頭を莉奈の肩へと引き寄せてくれていた。
「たくたく、頑張ったんだね。大丈夫だよ、私たちみんなたくたくのこと大好きだから、もうそんなつらい想いさせないから」
「莉奈ぁ…」
そう優しくも、毅然と言う莉奈は女の子なのに頼もしくて、かーちゃんがやってくれたように肩をぽん、ぽんとするリズム、おれの髪に顔を寄せているぬくもりに涙は止まらない。
「ふぇ、ひっ…ごめ、ごめ、ん、おれ、男、なのに…」
「いいんだよ、たくたく、男も女も関係ないよ。涙は我慢しなくていいんだよ。ね、全部流しちゃおう」
「うん、うん…おれ、莉奈に、救われて、ばっかだ…」
「え?ううん、私こそ、たくたくに救われたんだよ」
「…え?」
しゃくりあげながらも、全然思い当たらずにおれは涙と鼻水でぐしょぐしょになったひどい顔を上げた。逆光に照らされてもう至高の美しさと言うやつだ、凛々しく微笑む莉奈を見上げた。
「入学式」
ああ、衝撃的な始まりだったな。あの日のこと、忘れない。でも、どこが?おれ、変な人認定まっしぐらーだったと思うんだけどな。
「私ね、本当はモデル続けたかったの。本格的なファッションモデル。だからね、海外のエージェント受けて、面接のセッションは手応え感じたんだ。でも、今ってモデルの健康問題にウエイト置かれてて、私の健康診断の結果で心臓で不整脈?それが数値越えてるって、それでだめになっちゃった」
え、なんだよ、それ!?今度は僕が目を見開いて驚きと怒りで顔を突き上げる。
「あ、ごめん、びっくりさせちゃったよね。大丈夫、そんな深刻なものじゃなくって、全然普通に体育もできるし、病院通う必要ないレベルのものだから、それはお医者さんからも言われてる。ただちょーっとだけOKよりも数値が高いんだって、だから年とった時に気をつけてくらいなものだって。でも、特に海外はそういうとこ厳しいみたいで」
おれの顔つきから察した莉奈が諭すように説明してくれて、ひとまず安心する。でも、知らなかった…
「しょうがない、まだこれから他にチャンスはあるよって事務所やかっつんやママからは励ましてもらったけど、私すごく挫折したっていうか、ああ、これが挫折なんだって頭が真っ白になっちゃって」
…そっか、莉奈も、おれと同じトラウマ、痛み持って、ここに来たんだな…
「ほんとの芸能人みたいに誰でも知ってるって訳じゃないけど、高校に行ったら首になったかわいそうみたいな風に言われちゃうのかなって考えすぎたりして、でも今ってネットすごいから、歌ってみた踊ってみたとかコスプレとかの人が一晩で有名人になっちゃうでしょ。それにこの学校はそういうセミプロな活動してる子たちが多いし、私のことなんてそんなでもなくってホッとしたんだ。でも、入学式で宮内さんに話しかけられた時、ああ鋭いなって。でも、あの強い目を見ていて、誤魔化せないだろうなって、いや私も笑って誤魔化したくないなって思ってた。でも、何言っても負け惜しみにしか受け取られないのかなって、ごっちゃごちゃになってくらくらしてきた時に、たくたくが言ってくれたんだよ」
「おれも!おれも、青春したくって、ここに来た!」
おれと莉奈、二人して声を合わせて、あの日を、あの出会いを再現する。
「私ね、今は海外行かなくって、この学校に来れて、たくたくやみんなと出会えて本当によかって思ってる!」
オレンジの夕陽に照らされて迷いなく笑う莉奈は、とても力強くてどこまでも美しかった。
「ファッションに、モデルとしてだけなく、デザインしてメイクやスタイリングもして、人を輝かせられる人になりたいって、それが今の私の夢になったんだ!それからね、写真も撮りたいの」
莉奈の決意表明を聞いて、おれもうずうずしてくる。
「…うん。莉奈なら、できるぜ。おれ、見たいよ、大人になって活躍しまくる莉奈を」
「たくたくも、一緒にいるんだよ。一緒に、大人になって活躍していくんだよ!」
あんなに噴き出してた涙はすっかり引っ込んでいた。涙と鼻水の跡がかさかさになったおれの顔を覗き込んで、莉奈がニッて笑う。
「おれな、ギター弾いてるんだ」
「え、ええーっ!?」
莉奈がぽかんと口を開けて、一瞬の間ののち、どよめいた。
「全然へたっぴだけどな。別れたとーちゃんと一緒に行ったにーちゃんがかじってて、はなむけにってお下がりのやつくれたんだ。おれ、今のバンドよりもにーちゃんたち世代の華のあるバンドが好きでさ。おれもバンド組みたい。詞や曲も書いてみたいって思ってんだ」
「すごい、すっごーい!すごいよ、たくたくっ!!」
そう言うと、莉奈は今度は手加減なしにバッシーンっておれの背中を叩いた。
「…って!莉奈、力込めすぎだよ」
「あはは、ごっめーん!でも、すごいんだもん!私、ライヴ?行くよっ!ねえ、しげちゃんは知ってるの?」
「いや、誰も知らない。かーちゃんはギター持ってるのは知ってるけど、見つからないようにやってる。だから、まだ全然だよ。おれの中だけの展望でしかないから」
「そっか…って、ええっ?そんな大事な秘密を私に?言っちゃって、いいの?」
ふっ…今度はきょとんとしてどぎまぎと身じろぎする。くるくると表情が変わるな。一瞬たりとも見逃せないよ。君から。
「ああ。莉奈だから、話したんだ。莉奈だって、話してくれただろ。おれたち、親友じゃん」
友情の中に精一杯の15歳の愛情を込めて、おれは莉奈に言う。ほろほろっと溶けそうな笑顔になる。
「うん!ねえ、たくたくはギターなんだよね?歌うのは?」
「ん?ああ、おれが、ギター弾きながら歌いたいなって」
すごいや。莉奈に話していると、絶対に実現するぞって力が湧いてくる。その時、莉奈の切れ長の目尻がきりっと上がった。
「私、たくたくのステージ衣装作りたい!」
これを聞いて、おれらの間に閃光が轟いたんだ。ああ、おれ、おれもハンドメイド部に入ろう。しのちゃんのモデル、やってみよう、そう思った。
それからあまりにも戻ってこないおれらに痺れを切らしたシドとぽーがおれらのカバンを持って探しに来た。タリくんは学童、ひなたはダンススクール、シゲはおっちゃんに呼び出されたとLINEにもメッセージ入ってて、4人でいつもの駅前商店街に寄ってクレープとソフトクリームを買って回し食いした。